よくある誤解:生前贈与に「3000万円控除」は使えない
親から子へ不動産を生前贈与する際、「3000万円控除」という制度を耳にすることがあります。しかし、この制度は生前贈与には適用されません。
「3000万円特別控除」は国税庁によると、居住用財産(マイホーム)を売却した際の譲渡所得税の控除(租税特別措置法35条)であり、贈与税には適用されません。
よくある誤解として、「相続時精算課税制度(2500万円の特別控除)」と混同されることがありますが、これらは別の制度です。
この記事では、生前贈与で不動産を渡す際に実際に使える制度、メリット・デメリット、注意点を、国税庁、法務省の公式情報を元に解説します。
制度の正しい理解により、贈与税・相続税を適切に計画し、家族間の円滑な財産移転を実現できます。
この記事のポイント
- 「3000万円特別控除」は売却時の譲渡所得税控除であり、生前贈与の贈与税には適用されない
- 生前贈与で実際に使える制度は「相続時精算課税(2500万円)」「暦年贈与(年110万円)」「住宅取得等資金贈与(最大1000万円)」
- 相続時精算課税は贈与時の税負担を軽減するが、相続時に精算される
- 不動産の生前贈与には登録免許税(2%)・不動産取得税(3-4%)が発生し、相続(0.4%)より高額
- 個別具体的な判断は税理士に相談し、贈与税・相続税・登記費用を総合的に検討することが重要
生前贈与で実際に使える制度
生前贈与で不動産を渡す際に活用できる主な制度を整理します。
相続時精算課税制度(2500万円の特別控除)
国税庁によると、相続時精算課税制度は、60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与について、累計2500万円までの特別控除を適用できる制度です。
制度の基本的な仕組み:
- 贈与時: 累計2500万円までの贈与は贈与税がかからない(2024年改正により年110万円の基礎控除も適用)
- 相続時: 贈与した財産の価額を相続財産に加算し、相続税で精算する
- 税率: 2500万円を超える部分は一律20%の贈与税がかかる
重要: 2024年税制改正により、年110万円の基礎控除が新設されたため、実質的に2610万円(2500万円+110万円)まで贈与税がかからなくなりました。
暦年贈与(年110万円の基礎控除)
暦年贈与は、毎年1月1日〜12月31日の1年間に受けた贈与の合計額が110万円以下であれば、贈与税がかからない制度です。
特徴:
- 年110万円まで非課税(贈与税申告不要)
- 相続開始前7年以内の贈与のみ相続財産に加算(2024年改正)
- 特別な手続き不要(贈与契約書の作成推奨)
住宅取得等資金贈与の特例(最大1000万円非課税)
国税庁によると、父母・祖父母から18歳以上の子・孫への住宅取得等資金の贈与について、一定額まで非課税となる特例があります。
非課税枠(2025年時点):
- 省エネ住宅: 1000万円
- 一般住宅: 500万円
適用条件:
- 贈与を受けた年の翌年3月15日までに住宅を取得・居住開始
- 贈与税申告が必要
相続時精算課税制度と暦年贈与の比較
生前贈与には「暦年課税」と「相続時精算課税」の2つの方式があります。
| 項目 | 暦年課税 | 相続時精算課税 |
|---|---|---|
| 基礎控除 | 年110万円 | 累計2500万円+年110万円(2024年改正) |
| 税率 | 10-55%(累進課税) | 一律20%(2500万円超の部分) |
| 相続時の扱い | 相続開始前7年以内の贈与を加算(2024年改正) | 全ての贈与を加算 |
| 選択後の変更 | 可能 | 不可(一度選ぶと戻れない) |
(参考: 国税庁)
重要: 相続時精算課税を一度選択すると、暦年課税に戻ることはできません。贈与者(父母・祖父母)ごとに選択できますが、選択は慎重に行う必要があります。
2024年税制改正の影響
2024年税制改正により、相続時精算課税制度に年110万円の基礎控除が新設されました。これにより、以下のメリットがあります。
- 年110万円以下の贈与は、贈与税申告が不要になった
- 年110万円以下の贈与は、相続時に加算されない(暦年課税と同様)
- 実質的に2610万円(2500万円+110万円)まで贈与税がかからなくなった
(参考: 国税庁)
この改正により、相続時精算課税の使い勝手が向上し、小口の贈与にも活用しやすくなりました。
不動産の生前贈与にかかる税金・費用
不動産の生前贈与には、贈与税以外にも登録免許税・不動産取得税等の費用がかかります。
登録免許税(2%)
不動産の所有権移転登記には、登録免許税がかかります。生前贈与の場合、税率は**2%**です。
計算例:
- 不動産の評価額: 2000万円
- 登録免許税: 2000万円 × 2% = 40万円
一方、相続の場合の登録免許税は0.4%(2000万円なら8万円)です。生前贈与は相続の5倍の費用がかかる点に注意が必要です。
(参考: 国税庁)
不動産取得税(3-4%)
生前贈与で不動産を取得した場合、受贈者に不動産取得税がかかります。税率は以下の通りです。
| 不動産種別 | 税率 | 軽減措置 |
|---|---|---|
| 土地 | 3% | 宅地は評価額の1/2で計算 |
| 住宅(建物) | 3% | 新築住宅は1200万円控除 |
計算例(土地2000万円、建物1000万円の場合):
- 土地: 2000万円 × 1/2 × 3% = 30万円
- 建物: (1000万円 - 1200万円) × 3% = 0円(控除により非課税)
- 合計: 30万円
一方、相続の場合は不動産取得税が非課税です。生前贈与は相続より税負担が重い点を理解してください。
(参考: 総務省)
司法書士報酬(5-10万円)
不動産の所有権移転登記は司法書士に依頼するのが一般的です。報酬は5万円~10万円が目安です。
費用の比較(生前贈与vs相続)
| 項目 | 生前贈与 | 相続 |
|---|---|---|
| 贈与税・相続税 | 相続時精算課税なら2500万円まで非課税 | 基礎控除3000万円+600万円×法定相続人数 |
| 登録免許税 | 2% | 0.4% |
| 不動産取得税 | 3-4% | 非課税 |
| 司法書士報酬 | 5-10万円 | 5-10万円 |
評価額2000万円の不動産の場合:
- 生前贈与: 登録免許税40万円+不動産取得税30万円+司法書士報酬8万円 = 78万円
- 相続: 登録免許税8万円+司法書士報酬8万円 = 16万円
生前贈与は相続の約5倍の費用がかかる点に注意が必要です。
相続時精算課税制度のメリット・デメリット
相続時精算課税制度を活用するメリット・デメリットを整理します。
メリット
- 贈与時の税負担を軽減: 累計2500万円までの贈与は贈与税がかからない(2024年改正により年110万円の基礎控除も適用)
- 相続税対策: 将来値上がりする資産(賃貸不動産、株式等)を早期に贈与することで、相続財産を圧縮できる
- 生前に財産を移転: 相続時のトラブルを避け、円滑な財産移転が可能
- 小口贈与が可能: 2024年改正により、年110万円以下の贈与は申告不要で相続時に加算されない
デメリット
- 登記費用・不動産取得税が高額: 相続(0.4%)に比べ、生前贈与(2%+3-4%)は費用が高い
- 一度選ぶと戻れない: 相続時精算課税を選択すると、暦年課税に戻れない
- 相続時に加算される: 贈与した財産の価額が相続財産に加算され、相続税で精算される
- 小規模宅地等の特例が使えない: 相続時精算課税で贈与した不動産は、小規模宅地等の特例(相続税の評価額を最大80%減額)が適用されない
(参考: 国税庁)
どんな人に向いているか
相続時精算課税制度は以下のような人に向いています。
- 将来値上がりする資産(賃貸不動産、株式等)を早期に贈与したい
- 相続税の基礎控除内に収まる見込みがあり、相続税がかからない
- 生前に財産を移転し、相続時のトラブルを避けたい
一方、以下のような人には向いていません。
- 相続税の基礎控除を超える財産があり、小規模宅地等の特例を活用したい
- 将来値下がりする資産を贈与したい(相続時に贈与時の価額で加算されるため不利)
- 暦年課税で年110万円ずつ贈与したい
注意点とよくある誤解
相続時精算課税制度を活用する際の注意点と、よくある誤解を整理します。
「3000万円控除」は生前贈与には使えない
繰り返しになりますが、「3000万円特別控除」は国税庁によると、居住用財産を売却した際の譲渡所得税の控除(租税特別措置法35条)であり、生前贈与の贈与税には適用されません。
生前贈与で使えるのは「相続時精算課税(2500万円)」「暦年贈与(年110万円)」「住宅取得等資金贈与(最大1000万円)」です。
贈与税申告が必要
相続時精算課税制度を選択する場合、初回の贈与時に贈与税申告が必須です。申告期限は贈与を受けた年の翌年2月1日~3月15日です。
2024年改正により、年110万円以下の贈与は申告不要となりましたが、110万円を超える贈与を受けた場合は申告が必要です。
相続時に贈与時の価額で加算
相続時精算課税で贈与した財産は、贈与時の価額で相続財産に加算されます。
例えば、贈与時の不動産評価額が2000万円で、相続時に1500万円に下がっていた場合、相続財産には2000万円が加算されます(値下がりリスクあり)。
一方、賃貸不動産や株式等、将来値上がりする資産を贈与する場合は、贈与時の低い価額で固定されるメリットがあります。
小規模宅地等の特例が使えない
相続時精算課税で贈与した不動産は、小規模宅地等の特例(相続税の評価額を最大80%減額)が適用されません。
小規模宅地等の特例は、相続税の節税効果が非常に大きいため、相続時精算課税を選択する前に税理士に相談し、どちらが有利か検討してください。
(参考: 国税庁)
暦年課税に戻れない
相続時精算課税を一度選択すると、暦年課税に戻ることはできません。贈与者(父母・祖父母)ごとに選択できますが、選択は慎重に行ってください。
例えば、父からの贈与に相続時精算課税を選択した場合、父からの今後の贈与はすべて相続時精算課税が適用されます(母からの贈与は別途選択可能)。
まとめ:税理士に相談し、総合的に判断を
生前贈与で不動産を渡す際、「3000万円控除」は使えません。「3000万円特別控除」は売却時の譲渡所得税控除であり、生前贈与には適用されません。
生前贈与で実際に使える制度は、「相続時精算課税(2500万円)」「暦年贈与(年110万円)」「住宅取得等資金贈与(最大1000万円)」です。相続時精算課税は贈与時の税負担を軽減する制度ですが、相続時に精算される点に注意が必要です。
不動産の生前贈与には登録免許税(2%)・不動産取得税(3-4%)が発生し、相続(0.4%)より高額です。また、小規模宅地等の特例が使えない等のデメリットもあります。
2024年税制改正により、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が新設され、使い勝手が向上しました。年110万円以下の贈与は申告不要で相続時に加算されないため、小口の贈与にも活用しやすくなりました。
個別具体的な判断は税理士に相談し、贈与税・相続税・登記費用を総合的に検討してください。将来値上がりする資産を早期に贈与したい場合や、相続税の基礎控除内に収まる見込みがある場合は、相続時精算課税が有利になる可能性があります。
