投資用戸建て売却の流れを理解する
投資用戸建ての売却は、居住用物件とは異なり、賃借人がいる状態での売却(オーナーチェンジ)が一般的です。賃貸借契約の引継ぎ、敷金の精算、売却後の税務処理など、投資用物件特有の手続きを理解しておく必要があります。
この記事でわかること
- 賃貸中の投資用戸建て売却の全体的な流れとスケジュール
- オーナーチェンジ売却の準備と査定のポイント
- 媒介契約の選び方と収益物件としての訴求方法
- 賃貸借契約の承継手続きと敷金の精算方法
- 投資用物件売却後の税務処理と確定申告の注意点
1. 投資用戸建て売却の基本的な流れ
(1) 賃貸中物件売却の全体スケジュール
投資用戸建ての売却は、通常3〜6か月程度のスケジュールで進みます。国土交通省の「不動産売却の流れ」によれば、標準的な流れは次の通りです。
投資用戸建て売却のスケジュール例:
期間 | ステップ | 内容 |
---|---|---|
1週間 | 準備・査定 | 賃貸借契約書・収支資料の整理、複数社への査定依頼 |
1〜2週間 | 媒介契約締結 | 不動産会社の選定、媒介契約の締結 |
1〜3か月 | 売却活動 | 投資家向け広告、物件情報の開示、内覧対応 |
1〜2週間 | 売買契約 | 買主決定、重要事項説明、売買契約締結 |
1か月 | 決済・引渡し | 残代金決済、所有権移転登記、賃貸借契約引継ぎ |
翌年2〜3月 | 確定申告 | 譲渡所得の申告、納税 |
(2) 居住用物件との違いと特有の手続き
投資用戸建ての売却は、居住用物件と比較して次のような違いがあります。
居住用と投資用の主な違い:
項目 | 居住用物件 | 投資用物件 |
---|---|---|
主な買主 | 実需(居住目的) | 投資家(収益目的) |
査定ポイント | 立地・築年数・設備 | 利回り・賃料・入居状況 |
内覧 | 自由に対応可能 | 賃借人の協力が必要 |
税制優遇 | 3,000万円控除あり | 居住用特例は適用不可 |
引き渡し時 | 空室で引き渡し | 賃貸借契約引継ぎ |
(3) 空室にするか賃貸中のまま売却するか
投資用戸建てを空室にしてから売却するか、賃貸中のまま売却するかは重要な判断ポイントです。
空室にする場合のメリット・デメリット:
メリット:
- 居住用としての販路が拡大し、高値売却の可能性がある
- 内覧がスムーズに行える
- リフォームやクリーニングで物件価値を向上できる
デメリット:
- 空室期間中の家賃収入が失われる
- 賃借人への立ち退き交渉が必要(立退料が発生する場合あり)
- 投資家向けの販路が狭まる
賃貸中のまま売却する場合のメリット・デメリット:
メリット:
- 売却まで家賃収入が継続
- 投資家向けに安定収益をアピールできる
- 賃借人への立ち退き交渉が不要
デメリット:
- 投資家向けに限定されるため、売却価格が低くなる傾向
- 内覧に賃借人の協力が必要
不動産会社と相談し、物件の立地や賃料水準、市況などを総合的に判断することが重要です。
2. オーナーチェンジ売却の準備と査定
(1) 賃貸借契約書と収支資料の準備
オーナーチェンジ売却では、賃貸借契約書と収支資料の準備が不可欠です。
準備すべき書類:
- 賃貸借契約書(現在の契約内容)
- 重要事項説明書(賃貸借契約時のもの)
- 家賃収支の実績(過去1〜3年分)
- 敷金・保証金の預り証
- 修繕履歴・管理記録
- 固定資産税の納税通知書
- 火災保険証券
これらの資料を整理しておくことで、査定がスムーズに進み、買主への情報開示も迅速に行えます。
(2) 投資用物件の査定ポイント
投資用戸建ての査定では、収益性が重視されます。
主な査定ポイント:
項目 | 内容 |
---|---|
表面利回り | 年間家賃収入 ÷ 物件価格 × 100 |
実質利回り | (年間家賃収入 - 諸経費) ÷ 物件価格 × 100 |
入居状況 | 賃借人の属性、賃料の支払い実績 |
賃料水準 | 周辺相場との比較 |
築年数・状態 | 修繕履歴、残耐用年数 |
立地条件 | 最寄駅からの距離、周辺環境 |
利回り計算例(年間家賃収入120万円、諸経費20万円の場合):
売却価格1,500万円の場合:
- 表面利回り = 120万円 ÷ 1,500万円 × 100 = 8%
- 実質利回り = (120万円 - 20万円) ÷ 1,500万円 × 100 = 6.67%
投資家は実質利回りを重視するため、諸経費の内訳も明示することが重要です。
(3) 賃借人への事前通知のタイミング
賃借人への通知は法的義務ではありませんが、実務上は推奨されます。
通知のタイミング:
- 売却活動開始前: 「オーナー変更の可能性がある」旨を事前に伝える
- 売買契約締結後: 「オーナーが変更になる」旨を正式に通知
- 決済直前: 新オーナーの情報と家賃振込先の変更を通知
国土交通省の「賃貸中物件の売却」によれば、賃借人の権利は法的に保護されており、オーナーが変わっても賃貸借契約は継続します。
3. 媒介契約と売却活動のポイント
(1) 投資家向け媒介契約の選び方
媒介契約には、一般・専任・専属専任の3種類があります。国土交通省の「媒介契約の種類」に詳細が記載されています。
媒介契約の種類と特徴:
契約種類 | 複数社への依頼 | レインズ登録 | 活動報告 | おすすめケース |
---|---|---|---|---|
一般媒介 | 可能 | 任意 | 義務なし | 人気エリアの物件 |
専任媒介 | 不可 | 義務(7日以内) | 2週間に1回以上 | 投資用物件(標準) |
専属専任媒介 | 不可 | 義務(5日以内) | 1週間に1回以上 | 売却を急ぐ場合 |
投資用戸建ての場合、専任媒介契約を選ぶことで、不動産会社の積極的な売却活動が期待できます。
(2) 収益物件としての訴求方法
投資家向けの訴求では、収益性を明確に示すことが重要です。
効果的な訴求ポイント:
- 表面利回り・実質利回りを明示
- 賃借人の属性と賃料支払い実績を開示
- 周辺の賃料相場と比較した優位性
- 修繕履歴と今後の修繕計画
- 固定資産税・管理費などの諸経費の内訳
物件情報の例:
価格:1,500万円
表面利回り:8%
年間家賃収入:120万円(月額10万円)
賃借人:20代会社員、入居3年目、賃料支払い遅延なし
諸経費:年間20万円(固定資産税12万円、管理費8万円)
実質利回り:6.67%
(3) 賃借人の協力と内覧対応
賃貸中の物件の内覧には、賃借人の協力が不可欠です。
内覧対応のポイント:
- 事前に賃借人に内覧の趣旨を説明し、協力を依頼
- 内覧日時は賃借人の都合を優先
- 内覧時には賃借人のプライバシーに配慮
- 内覧後には謝礼(例:QUOカード)を渡すことも検討
賃借人の協力が得られない場合、外観と収支資料のみで売却活動を行うこともあります。
4. 売買契約と賃貸借契約の引継ぎ
(1) 重要事項説明と投資物件特有の告知事項
売買契約前の重要事項説明では、投資物件特有の告知事項があります。
告知すべき事項:
- 現在の賃貸借契約の内容(賃料、期間、更新条件)
- 敷金・保証金の預り額
- 賃借人の属性と賃料支払い実績
- 過去の修繕履歴と今後の修繕予定
- 固定資産税・都市計画税の年額
これらの情報を正確に開示することで、売買契約後のトラブルを防げます。
(2) 賃貸借契約の承継手続き
賃貸借契約は、売買により買主に自動的に承継されます。
承継の流れ:
- 売買契約締結時:賃貸借契約の承継を売買契約書に明記
- 決済時:賃貸借契約書の原本を買主に引き渡し
- 決済後:賃借人に新オーナーの情報を通知
賃借人の同意は不要ですが、賃借人の権利は保護されます。賃貸借契約の内容(賃料、期間など)は変更されません。
(3) 売買契約書の記載内容確認
売買契約書には、投資物件特有の記載事項があります。
重要な記載事項:
- 賃貸借契約の承継に関する条項
- 敷金・保証金の引継ぎに関する条項
- 賃料収入の帰属(決済日を基準に日割り計算)
- 固定資産税の清算方法
特に敷金・保証金の扱いは明確にしておく必要があります。
5. 決済・引き渡しと敷金の精算
(1) 残代金決済の流れ
残代金決済は、通常、売買契約締結から1か月程度後に行われます。
決済当日の流れ:
時間 | 内容 |
---|---|
決済前 | 登記書類の確認、本人確認 |
決済時 | 残代金の支払い、敷金の精算 |
決済後 | 所有権移転登記の申請、鍵の引き渡し |
引き渡し後 | 賃借人への通知、家賃振込先の変更 |
(2) 敷金・保証金の買主への引継ぎ
敷金・保証金は、買主に引き継ぐのが一般的です。
敷金の精算方法:
- 決済時に買主から売主へ敷金相当額を支払う
- 買主が賃借人への敷金返還義務を承継
- 売買契約書に敷金の引継ぎを明記
敷金精算の例(敷金30万円の場合):
売買代金:1,500万円
敷金引継ぎ:30万円
買主から売主への支払総額:1,530万円
内訳:
- 売買代金:1,500万円 → 売主の収入
- 敷金:30万円 → 買主が賃借人への返還義務を承継
(3) 賃借人への通知と登記手続き
決済後、速やかに賃借人に通知します。
賃借人への通知内容:
- オーナー変更の事実
- 新オーナーの氏名・連絡先
- 家賃振込先の変更(新オーナーの口座)
- 敷金の引継ぎ(新オーナーが返還義務を承継)
所有権移転登記は、決済当日に司法書士が申請します。登記完了後、新しい登記事項証明書を賃借人に提示することで、オーナー変更を証明できます。
6. 売却後の税務処理と確定申告
(1) 投資用物件の譲渡所得計算
投資用不動産の譲渡所得は、売却価格から取得費と譲渡費用を差し引いて計算します。国税庁の「投資用不動産の譲渡所得税」に詳細が記載されています。
譲渡所得の計算式:
譲渡所得 = 譲渡収入 - (取得費 + 譲渡費用)
計算例:
譲渡収入:1,500万円
取得費:1,200万円(購入価格)- 減価償却費累計200万円 = 1,000万円
譲渡費用:100万円(仲介手数料、印紙税など)
譲渡所得 = 1,500万円 - (1,000万円 + 100万円) = 400万円
(2) 減価償却費の調整と取得費
投資用不動産の取得費は、購入価格から減価償却費累計額を差し引いた金額となります。
減価償却費の計算:
- 建物部分のみが減価償却の対象(土地は対象外)
- 木造住宅の耐用年数:22年(定額法の償却率0.046)
- 減価償却費 = 建物取得価額 × 償却率 × 経過年数
減価償却費の例(建物取得価額800万円、保有期間5年):
年間減価償却費 = 800万円 × 0.046 = 36.8万円
5年間の累計 = 36.8万円 × 5年 = 184万円
調整後の建物取得費 = 800万円 - 184万円 = 616万円
取得費の計算誤りは確定申告で修正が必要となるため、税理士への相談を推奨します。
(3) 短期譲渡と長期譲渡の税率差
投資用不動産の譲渡所得税は、所有期間によって税率が大きく異なります。
短期譲渡と長期譲渡の税率:
区分 | 所有期間 | 所得税 | 住民税 | 復興特別所得税 | 合計税率 |
---|---|---|---|---|---|
短期譲渡 | 5年以下 | 30% | 9% | 0.63% | 39.63% |
長期譲渡 | 5年超 | 15% | 5% | 0.315% | 20.315% |
※所有期間は売却年の1月1日時点で判定
税額の比較(譲渡所得400万円の場合):
区分 | 税率 | 税額 |
---|---|---|
短期譲渡 | 39.63% | 約158万円 |
長期譲渡 | 20.315% | 約81万円 |
所有期間が5年に近い場合、売却時期を調整することで約77万円の節税が可能です。
注意点:
- 投資用不動産は居住用特例(3,000万円控除)が適用されない
- 確定申告は売却の翌年2月16日〜3月15日
- 売却年の不動産所得も合わせて申告(国税庁「不動産所得と売却」参照)
まとめ:投資用戸建て売却の流れを押さえて計画的に進める
投資用戸建ての売却は、賃借人がいる状態でのオーナーチェンジが一般的です。賃貸借契約書と収支資料を準備し、投資家向けに収益性をアピールすることが重要です。
賃借人への事前通知は法的義務ではありませんが、実務上は推奨されます。売却活動開始前に「オーナー変更の可能性」を伝え、売買契約後に正式通知を行いましょう。
敷金・保証金は買主に引き継ぐのが一般的で、決済時に買主から売主へ相当額を支払います。賃貸借契約は自動的に承継され、賃借人の同意は不要です。
売却後の税務処理では、減価償却費の調整が必要です。所有期間5年以下の短期譲渡は税率39.63%、5年超の長期譲渡は20.315%と大きく異なるため、売却時期の調整で節税できる可能性があります。投資用不動産は居住用特例(3,000万円控除)が適用されないため、税理士への相談を推奨します。
よくある質問(FAQ)
Q1: 賃借人がいる状態で売却する場合、事前に通知は必要ですか?
A: 法的義務はありませんが、実務上は通知を推奨します。売却活動開始前に「オーナー変更の可能性がある」旨を事前に伝えることで、賃借人の理解と協力が得られやすくなります。売買契約締結後は、速やかに「オーナーが変更になる」旨を正式に通知し、決済直前には新オーナーの情報と家賃振込先の変更を通知します。国土交通省の資料によれば、賃借人の権利は法的に保護されており、オーナーが変わっても賃貸借契約は継続します。
Q2: 投資用戸建ての売却で3,000万円特別控除は使えますか?
A: いいえ、投資用不動産には居住用財産の3,000万円特別控除は適用されません。投資用不動産の譲渡所得には、所有期間によって短期譲渡(5年以下)39.63%、長期譲渡(5年超)20.315%の税率が適用されます。居住用物件と比較して税負担が大きいため、売却時期の調整や減価償却費の正確な計算が重要です。税務処理については税理士への相談を推奨します。
Q3: 空室にしてから売却した方が高く売れますか?
A: ケースバイケースです。空室にすると居住用としての販路が拡大し、高値売却の可能性がありますが、空室期間中の家賃収入が失われ、賃借人への立ち退き交渉(立退料が発生する場合あり)が必要です。一方、賃貸中のまま売却すると、売却まで家賃収入が継続し、投資家向けに安定収益をアピールできますが、投資家向けに限定されるため売却価格が低くなる傾向があります。物件の立地、賃料水準、市況を総合的に判断し、不動産会社と相談して決定しましょう。
Q4: 敷金や保証金は売主が返還する必要がありますか?
A: いいえ、敷金・保証金は買主に引き継ぐのが一般的です。決済時に買主から売主へ敷金相当額を支払い、買主が賃借人への返還義務を承継します。例えば、敷金30万円の場合、売買代金1,500万円に加えて敷金30万円を買主が売主に支払い、総額1,530万円となります。賃借人が退去する際は、新オーナー(買主)が敷金を返還します。この取り決めは売買契約書に明記する必要があります。