投資用戸建て売却の登記・名義変更の基礎知識
投資用戸建ての売却では、居住用不動産とは異なる登記上の注意点があります。特に賃借人がいる状態での売却(オーナーチェンジ)や、減価償却による税務処理の違いを理解することが重要です。この記事では、投資用戸建ての売却における登記・名義変更の流れと実務上のポイントを解説します。
結論まとめ
- オーナーチェンジでも登記手続きは通常と同じ:賃借人の同意は不要だが、賃貸借契約は新所有者に承継される
- 居住用特例(3,000万円控除)は使えない:投資用は譲渡所得税が満額かかる
- 減価償却累計額により取得費が減少:長期保有でも税負担が増える可能性あり
- 所有期間の判定日は売却日:5年超で長期譲渡所得(税率20.315%)、5年以下で短期譲渡所得(税率39.63%)
- 登記費用は経費計上可能:譲渡費用として譲渡所得から控除できる
(1) 登記の法的意味
法務省によると、不動産の登記とは、不動産の物理的状況(表題部)と権利関係(権利部)を公示する制度です。投資用不動産でも居住用不動産でも、登記の法的意味は同じです。
登記の効力
- 対抗力:登記がなければ第三者に所有権を主張できない
- 公示力:誰が所有者か、どんな権利が設定されているかを公示
- 推定力:登記名義人が真の権利者と推定される
投資用不動産を売却する場合、売主から買主への所有権移転登記が完了することで、買主が新しい所有者として対外的に権利を主張できるようになります。
(2) 所有権移転のタイミング
所有権の移転は、売買契約の成立時ではなく、残代金決済と引き渡しの時点で行われるのが一般的です。
タイムライン
- 売買契約締結:所有権はまだ売主にある(手付金の支払い)
- 残代金決済日:買主が残代金を支払い、売主が鍵を引き渡す→所有権が移転
- 所有権移転登記:決済後、司法書士が法務局に申請
オーナーチェンジの場合、賃借人がいる状態で引き渡しが行われますが、賃貸借契約は新所有者(買主)に当然承継されます(借地借家法第31条)。賃借人の同意は不要です。
(3) 投資用不動産の登記の種類
投資用戸建ての売却で関係する登記は以下の通りです。
登記の種類 | 内容 | タイミング |
---|---|---|
所有権移転登記 | 売主から買主へ所有権を移転 | 決済日に申請 |
抵当権抹消登記 | 投資用ローン完済後に抵当権を抹消 | 決済日に申請 |
住所変更登記 | 登記上の住所が現住所と異なる場合 | 決済前に完了 |
所有権移転登記の手続き
(1) 売買契約から引き渡しまで
投資用戸建ての売却では、以下の流れで手続きが進みます。
1. 売買契約締結(決済日の1-2ヶ月前)
- 売買契約書の作成
- 手付金の受領(売買価格の5-10%)
- 決済日の設定
2. 残代金決済の準備
- 司法書士に登記を依頼
- 必要書類を準備(後述)
- 投資用ローンの完済手続き
3. 残代金決済・引き渡し
- 買主が残代金を支払う
- 売主が鍵を引き渡す(オーナーチェンジの場合は賃貸借契約書等も引き継ぐ)
- 司法書士が登記書類を確認
(2) 残代金決済と同時履行
民法では、売買代金の支払いと不動産の引き渡しは「同時履行」とされています。実務上は以下の順序で行われます。
決済当日の流れ
- 司法書士が登記必要書類を確認
- 金融機関で買主が残代金を支払う
- 売主が鍵と関連書類(賃貸借契約書、敷金預かり証など)を引き渡す
- 投資用ローンが残っている場合、その場で完済し抵当権抹消書類を受け取る
- 司法書士が法務局に登記申請
オーナーチェンジの場合、賃借人への通知(新所有者の氏名・連絡先、家賃振込先の変更など)は、決済後速やかに行います。
(3) 登記申請の流れ
法務省によると、所有権移転登記は以下の手順で申請します。
登記申請書の作成
- 登記の目的:所有権移転
- 原因:年月日売買
- 権利者(買主)の住所・氏名
- 義務者(売主)の住所・氏名
- 課税価格と登録免許税額
添付書類
- 登記原因証明情報(売買契約書など)
- 売主の登記識別情報(権利証)
- 売主の印鑑証明書(3ヶ月以内)
- 買主の住民票
- 固定資産税評価証明書
司法書士がこれらを法務局に提出し、1-2週間程度で登記が完了します。
投資用ローンと抵当権
(1) 抵当権抹消登記
投資用戸建てに投資用ローンの抵当権が設定されている場合、売却代金で完済し、抵当権を抹消する必要があります。
抵当権抹消の流れ
- 金融機関に完済予定を連絡(決済日の1-2週間前)
- 決済日に残債を一括返済
- 金融機関から抵当権抹消書類を受け取る(解除証書、登記済証など)
- 司法書士が抵当権抹消登記を申請
法務省によると、抵当権抹消登記の登録免許税は、不動産1個につき1,000円です(土地・建物で2,000円)。
(2) 金融機関との調整
投資用ローンを完済する際の注意点は以下の通りです。
- 完済予定額の確認:決済日までの利息を含めた正確な金額を確認
- 抹消書類の受け取り:決済日当日に受け取れるよう事前に依頼
- 繰上返済手数料:金融機関によっては手数料が発生(3-5万円程度)
売却代金でローンを完済できない場合(オーバーローン)は、自己資金で差額を補填するか、任意売却を検討する必要があります。
(3) 登記費用の負担
投資用不動産の売却では、以下の登記費用が発生します。
費用項目 | 金額目安 | 負担者 |
---|---|---|
抵当権抹消登記(登録免許税) | 2,000円 | 売主 |
抵当権抹消登記(司法書士報酬) | 1-3万円 | 売主 |
所有権移転登記(登録免許税) | 固定資産税評価額×2% | 買主 |
所有権移転登記(司法書士報酬) | 5-10万円 | 買主 |
これらの登記費用は、確定申告で譲渡費用として経費計上できます。
投資用不動産の登記費用と税制
(1) 登録免許税の計算
所有権移転登記の登録免許税は、固定資産税評価額に税率を乗じて計算します。
計算式
- 建物:固定資産税評価額×2.0%
- 土地:固定資産税評価額×2.0%(軽減措置で1.5%)
計算例(固定資産税評価額1,500万円の投資用戸建て)
- 建物(900万円):900万円×2.0%=18万円
- 土地(600万円):600万円×2.0%=12万円
- 合計:30万円
居住用不動産の軽減措置(建物0.3%)は投資用には適用されないため、税負担が大きくなります。
(2) 軽減措置の適用
投資用不動産には、居住用不動産のような大幅な軽減措置はありませんが、以下の軽減措置は適用されます。
土地の軽減措置(2026年3月31日まで)
- 通常:固定資産税評価額×2.0%
- 軽減後:固定資産税評価額×1.5%
ただし、建物の軽減措置(0.3%)は居住用のみなので、投資用は2.0%のままです。
(3) 税制と譲渡所得
国税庁によると、投資用不動産の売却益は譲渡所得として課税されます。居住用不動産の3,000万円特別控除は適用されません。
譲渡所得の計算
譲渡所得 = 売却価格 - 取得費 - 譲渡費用
取得費の計算(減価償却後)
取得費 = 購入価格 - 減価償却累計額
投資用不動産では、毎年減価償却費を経費計上しているため、減価償却累計額が積み上がっており、取得費が減少します。その結果、譲渡所得が増え、税負担が大きくなることがあります。
税率(所有期間で異なる)
- 短期譲渡所得(所有期間5年以下):39.63%(所得税30.63% + 住民税9%)
- 長期譲渡所得(所有期間5年超):20.315%(所得税15.315% + 住民税5%)
所有期間の判定は、売却した年の1月1日時点で5年を超えているかどうかで判断します。例えば、2018年4月に取得し2023年12月に売却した場合、2023年1月1日時点で5年に満たないため短期譲渡所得となります。
計算例
- 売却価格:2,500万円
- 購入価格:2,000万円
- 減価償却累計額:300万円
- 譲渡費用(仲介手数料・登記費用など):100万円
取得費 = 2,000万円 - 300万円 = 1,700万円
譲渡所得 = 2,500万円 - 1,700万円 - 100万円 = 700万円
譲渡所得税(長期の場合)= 700万円 × 20.315% = 約142万円
必要書類の準備
(1) 売主が準備する書類
投資用戸建ての売却で、売主が準備する登記関連書類は以下の通りです。
必須書類
- 登記済証または登記識別情報通知(いわゆる権利証)
- 実印
- 印鑑証明書(3ヶ月以内に取得)
- 本人確認書類(運転免許証など)
- 固定資産税評価証明書(市区町村役場で取得)
住所変更がある場合
- 住民票(登記上の住所と現住所が異なる場合)
- 戸籍の附票(複数回転居している場合)
オーナーチェンジの場合の追加書類
- 賃貸借契約書のコピー
- 敷金預かり証
- 家賃明細(滞納がないことの証明)
- 賃借人への通知文(新所有者への変更を通知)
(2) 本人確認書類
司法書士は、登記申請前に本人確認を行う義務があります(司法書士法施行規則第31条)。
本人確認に使える書類
- 運転免許証
- マイナンバーカード(通知カードは不可)
- パスポート
- 在留カード(外国籍の方)
法人が売主の場合は、代表者の本人確認書類と法人の印鑑証明書(3ヶ月以内)が必要です。
(3) 登記識別情報の紛失
登記識別情報(権利証)を紛失した場合でも、以下の方法で登記できます。
1. 事前通知制度
- 法務局から本人宛に通知が送られる
- 通知を受け取った後、2週間以内に法務局に申し出る
- 追加費用なし
2. 司法書士による本人確認情報の提供
- 司法書士が本人確認を行い、その結果を法務局に報告
- 司法書士への報酬が追加で必要(5-10万円程度)
いずれの方法でも登記は可能ですが、早めに司法書士に相談することが重要です。
登記完了までの流れ
(1) 司法書士への依頼
投資用不動産の売却では、不動産会社が司法書士を紹介するケースが多いですが、自分で選ぶことも可能です。
司法書士選びのポイント
- 投資用不動産の登記経験が豊富
- 報酬体系が明確(見積もりを事前に提示)
- レスポンスが早い(決済日までのスケジュールがタイト)
- オーナーチェンジの実務に詳しい
司法書士への依頼は、売買契約締結後すぐに行い、決済日の1-2週間前には必要書類をすべて揃えておくのが理想的です。
(2) 登記申請
決済日当日、司法書士が法務局に以下の登記を申請します。
申請する登記
- 抵当権抹消登記(投資用ローンがある場合)
- 所有権移転登記
これらは同時に申請され、法務局で順次処理されます。登記申請はオンラインで行われるのが一般的で、法務局に出向く必要はありません。
(3) 登記完了と登記識別情報の受領
登記申請から1-2週間程度で登記が完了します。
登記完了後の流れ
- 司法書士が登記完了を確認
- 買主に登記識別情報通知(新しい権利証)が交付される
- 売主には特に交付書類なし
売主は、登記完了後に法務局で登記事項証明書(登記簿謄本)を取得し、自分の名前が抹消され買主の名前が記載されていることを確認できます。
まとめ
投資用戸建ての売却における登記手続きは、居住用不動産と基本的に同じですが、税務処理と賃借人への対応に違いがあります。オーナーチェンジの場合でも賃借人の同意は不要で、登記手続き自体は通常と変わりません。ただし、減価償却累計額により取得費が減少するため、譲渡所得税の負担が大きくなる可能性があります。所有期間が5年を超えるかどうかで税率が大きく異なるため、売却タイミングは税理士に相談して決めるのが賢明です。登記費用(抵当権抹消費用など)は譲渡費用として経費計上できるため、領収書を必ず保管しましょう。