投資用マンション売却時の契約実務とは
投資用マンションの売却では、居住用物件とは異なり、賃貸借契約の承継、敷金の引継ぎ、賃借人への通知、管理組合への届出など、独自の手続きが必要です。本記事では、オーナーチェンジと空室売却の違いから、売買契約書・重要事項説明書で確認すべき重要事項、契約不適合責任の範囲、譲渡所得税の計算まで、投資用マンション売却の契約実務を解説します。
この記事のポイント
- オーナーチェンジと空室売却の選択基準と手続きの違い
- 賃貸借契約の承継、敷金・保証金の引継ぎ、賃借人への通知義務
- 売買契約書で確認すべき収益性表記・賃料引継ぎ・契約不適合責任
- 重要事項説明書における賃貸借契約内容・賃料滞納・管理費等の開示
- 譲渡所得税の計算と減価償却費の調整方法
1. 投資用マンション売却契約の全体像
(1) オーナーチェンジと空室売却の違い
投資用マンションの売却方法は大きく2つに分かれます。
オーナーチェンジ(賃貸中売却)
- 賃借人が居住したまま、オーナーのみ変更
- メリット:安定収益を訴求、即座に売却可能
- デメリット:居住用と比較して価格が低い傾向、賃貸借契約の承継手続き必要
空室売却
- 賃借人退去後に売却、居住用・投資用の両方の買主候補
- メリット:居住用として高く売れる可能性
- デメリット:空室期間中の収益ゼロ、室内清掃・リフォームコスト
国土交通省の不動産売却手続きガイド(※3)によれば、賃料や物件状況により最適な方法を選択し、不動産会社と相談して決定します。
(2) 契約から引渡しまでの流れ
投資用マンション売却の標準的なフローは以下の通りです。
ステップ | 期間 | 主な内容 |
---|---|---|
1. 査定・媒介契約 | 1-2週間 | 収益還元法での査定、媒介契約締結 |
2. 売却活動 | 1-3ヶ月 | 投資家向けに収益性をアピール |
3. 売買契約締結 | - | 手付金授受(売却価格の5-10%)、賃貸借契約状況の確認 |
4. 決済準備 | 1-2ヶ月 | 賃借人への通知、管理組合への届出、敷金精算準備 |
5. 決済・引渡し | - | 残代金受領、所有権移転、賃貸借契約・敷金の引継ぎ |
2. 賃貸中物件の売却手続き
(1) 賃貸借契約の承継
賃貸中の投資用マンションを売却する場合、賃借人との賃貸借契約は買主に自動的に承継されます。民法上、不動産の所有権移転と同時に、新所有者が賃貸人としての地位を引き継ぐため、賃借人の同意は不要です。ただし、賃借人への通知は必要です。
承継される契約内容
- 賃料・共益費の金額
- 契約期間と更新条件
- 敷金・保証金の額
- 特約条項(ペット飼育可、楽器使用可など)
(2) 敷金・保証金の引継ぎ
敷金・保証金は、賃借人に返還義務があるため、買主に引き継ぐ必要があります。決済時に、敷金相当額を売買代金から差し引くか、別途精算する形で処理されます。
敷金精算の例
- 売買代金:3,000万円
- 賃借人からの預かり敷金:30万円
- 決済時の買主支払額:2,970万円(敷金30万円を差し引き)
- 買主は賃借人への敷金返還義務を承継
(3) 賃借人への通知義務
宅地建物取引業法および民法上、賃貸中物件の売却時には賃借人への通知が推奨されます(※2)。通知内容は、所有者変更の事実、新オーナーの連絡先、賃料振込先の変更などです。通知は書面で行い、配達証明付き内容証明郵便で送付するのが一般的です。
通知書の記載例
「この度、貴殿が賃借中の○○マンション○号室について、令和○年○月○日付で売買契約を締結し、所有権が新オーナー(氏名・連絡先)に移転しました。今後の賃料振込先は下記口座となりますので、ご確認ください。」
3. 売買契約書で確認すべき重要条項
(1) 売買代金と収益性の表記
投資用マンションの売買契約書では、売買代金に加えて、想定賃料収入や利回りを参考情報として記載することがあります。ただし、国土交通省の売買契約書ガイドライン(※1)では、収益性を保証するものではない旨を明記することが推奨されます。
売買契約書の記載例
「現在の賃料は月額○○円ですが、将来の賃料収入を保証するものではありません。市場動向や賃借人の退去等により変動する可能性があることを買主は了承しています。」
(2) 賃料収入の引継ぎ条件
決済日前後の賃料収入の精算方法を明記します。一般的には、決済日を基準に日割り計算で精算します。
賃料精算の例
- 決済日:10月15日
- 月額賃料:10万円
- 売主受取分:10万円 × 14日/31日 = 約45,161円
- 買主受取分:10万円 × 17日/31日 = 約54,839円
(3) 契約不適合責任の範囲
2020年の民法改正により、瑕疵担保責任から契約不適合責任に変更されました(※6)。投資用物件では、収益性に関する免責特約を設定することが一般的ですが、売主が知りながら告知しなかった欠陥については免責されません。
免責特約の記載例
「売主は、本物件の収益性(賃料水準、空室率等)について、将来の保証を一切行わない。また、設備の経年劣化による性能低下については、買主の確認済みとして免責とする。」
4. 重要事項説明書のチェックポイント
(1) 賃貸借契約の内容
宅地建物取引業法35条に基づく重要事項説明書では、賃貸借契約の詳細を開示します(※2)。
開示すべき賃貸借契約情報
- 賃借人の氏名・連絡先
- 賃料・共益費の金額
- 契約期間(開始日・終了日)
- 更新条件(自動更新、再契約等)
- 敷金・保証金の額
- 特約条項(ペット飼育、楽器使用等)
(2) 賃料滞納の有無
賃料滞納がある場合、重要事項説明書に必ず記載し、買主に告知する義務があります。滞納分の回収リスクは買主が承継するため、売買価格に影響します。
賃料滞納がある場合の対応
- 滞納額と滞納期間を正確に開示
- 売買価格から滞納額相当を減額
- または、売主が決済前に滞納分を回収
(3) 管理費・修繕積立金の確認
マンション標準管理規約(※4)に基づき、管理費・修繕積立金の滞納がないか確認します。滞納がある場合、買主に承継されるため、売買価格に影響します。また、大規模修繕の予定や修繕積立金の値上げ予定も重要事項説明書に記載します。
管理費等の確認項目
- 月額管理費・修繕積立金の金額
- 滞納の有無と金額
- 今後の値上げ予定
- 大規模修繕の計画と時期
(4) 修繕履歴と設備状況
投資用マンションでは、過去の修繕履歴(水回り、エアコン、給湯器等)と現在の設備状況を正確に開示します。特に空室売却の場合、室内の状況を買主が確認できるよう、内覧時に詳細に説明します。
5. 契約不適合責任と告知義務
(1) 投資物件の責任範囲
投資用マンションでは、居住用と比較して契約不適合責任の範囲が限定されることが一般的です。法務省の民法改正解説(※6)によれば、投資家である買主は専門知識を有すると見なされるため、一定の免責が認められやすいとされます。
投資物件で免責が認められやすい項目
- 経年劣化による設備の性能低下
- 将来の賃料収入の変動
- 賃借人の途中退去
(2) 収益性に関する免責特約
投資用物件の売買契約書では、収益性(賃料水準、空室率等)について免責特約を設定することが一般的です。ただし、売主が虚偽の賃料を告知した場合や、サブリース契約を偽って高い賃料を示した場合は、免責されません。
(3) 設備の現況告知
設備の現況(エアコン、給湯器、インターホン等の動作状況)を正確に告知します。特に「故障している」「動作不良」などの不具合は、契約不適合責任を回避するため、書面で明記します。
6. 投資用マンション売却の税務
(1) 譲渡所得税の計算
投資用マンション売却時の譲渡所得税は、以下の式で計算します(※5)。
譲渡所得の計算式
譲渡所得 = 売却価格 - 取得費 - 譲渡費用
- 売却価格:売買契約書記載の金額
- 取得費:購入価格 - 減価償却費累計額
- 譲渡費用:仲介手数料、登記費用、測量費等
税率
- 短期譲渡所得(所有期間5年以下):39.63%(所得税30% + 住民税9% + 復興特別所得税0.63%)
- 長期譲渡所得(所有期間5年超):20.315%(所得税15% + 住民税5% + 復興特別所得税0.315%)
(2) 減価償却費の調整
投資用マンションは、購入後、毎年減価償却費を計上しています。売却時の取得費は、購入価格から減価償却費の累計額を差し引いた簿価となります。
減価償却費の計算例
- 購入価格:3,000万円(建物部分2,000万円、土地1,000万円)
- 建物の減価償却:定額法、耐用年数47年(RC造)
- 年間減価償却費:2,000万円 ÷ 47年 = 約42.6万円
- 10年間の減価償却累計額:約426万円
- 売却時の取得費(建物):2,000万円 - 426万円 = 1,574万円
- 売却時の取得費(合計):1,574万円 + 1,000万円(土地)= 2,574万円
(3) 確定申告の準備
投資用マンション売却後は、翌年2-3月に確定申告が必要です。必要書類は以下の通りです。
確定申告に必要な書類
- 売買契約書(購入時・売却時)
- 登記事項証明書
- 仲介手数料の領収書
- 減価償却費の計算明細
- 譲渡所得の内訳書(国税庁様式)
まとめ
投資用マンションの売却では、賃貸借契約の承継、敷金の引継ぎ、賃借人への通知、管理組合への届出など、居住用物件とは異なる実務が必要です。オーナーチェンジと空室売却の選択は、賃料水準や物件状況により判断します。売買契約書では収益性の表記と免責特約、重要事項説明書では賃貸借契約の詳細・賃料滞納・管理費等の開示が重要です。契約不適合責任は投資物件特有の免責範囲があり、譲渡所得税の計算では減価償却費の調整が必要です。これらの実務ポイントを押さえ、不動産会社や税理士と連携して、スムーズな売却を実現しましょう。
よくある質問
Q1. 賃貸中のマンションを売却する際の注意点は何ですか?
A. 賃貸借契約は買主に自動的に承継されるため、契約内容を正確に開示する必要があります。敷金・保証金も引き継ぎが必須で、決済時に売買代金から差し引いて精算します。賃借人への事前通知(所有者変更、新オーナー連絡先、賃料振込先変更)も重要です。賃料滞納がある場合は事前に買主に開示し、売買価格に反映させるか、決済前に回収します。
Q2. オーナーチェンジと空室売却ではどちらが有利ですか?
A. オーナーチェンジは安定収益を訴求でき、即座に売却可能ですが、居住用と比較して価格が低い傾向があります。空室売却は居住用として高く売れる可能性がありますが、空室期間中の収益がゼロで、室内清掃・リフォームコストがかかります。賃料水準や物件状況により最適な方法を選択し、不動産会社と相談して決定してください。
Q3. 投資用物件の契約不適合責任はどこまで負いますか?
A. 投資用マンションでは、収益性(賃料水準、空室率等)に関しては免責特約が一般的です。ただし、買主への十分な説明が必要で、虚偽の賃料を告知した場合は免責されません。設備の現況(エアコン、給湯器等の動作状況)は正確に告知し、不具合がある場合は書面で明記します。賃貸物件としての状態を重点的に開示することが、トラブル回避の鍵です。
Q4. 譲渡所得税はどのように計算しますか?
A. 譲渡所得は、売却価格から取得費と譲渡費用を差し引いて計算します。取得費は購入価格から減価償却費の累計額を差し引いた簿価です。所有期間が5年超の場合は長期譲渡所得(税率20.315%)、5年以下の場合は短期譲渡所得(税率39.63%)となります。売却後の翌年2-3月に確定申告が必要で、売買契約書、登記事項証明書、減価償却費の計算明細などを準備します。
参考情報源
- ※1: 不動産売買契約書の記載事項(国土交通省) https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000018.html
- ※2: 宅地建物取引業法(重要事項説明)(e-Gov法令検索) https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=327AC0000000176
- ※3: 投資用不動産の売却手続き(国土交通省) https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000018.html
- ※4: マンション標準管理規約(国土交通省) https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html
- ※5: 不動産譲渡所得税の計算(国税庁) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3202.htm
- ※6: 契約不適合責任(民法改正)(法務省) https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00238.html