不動産信託受益権とは|仕組みと検討する背景
不動産投資や相続対策を検討する際、「不動産信託受益権」という言葉を耳にする機会が増えています。しかし、現物不動産との違い、税務上の取り扱い、流動性リスクなど、複雑な仕組みに戸惑う方も少なくありません。
この記事では、不動産信託受益権の基本的な仕組みから、メリット・デメリット、税金の取り扱いまでを、国税庁や信託協会等の公式情報を元に解説します。
投資検討者や不動産所有者が、専門家への相談前に必要な基礎知識を得られるよう、わかりやすく説明します。
この記事のポイント
- 不動産信託受益権とは「信託した不動産から収益を得る権利」で、現物不動産の所有権とは異なる
- 不動産取得税が非課税、登録免許税が1物件1,000円程度と大幅に軽減される税制メリットがある
- 小口化により1,000万円程度から投資可能で、相続時の分割がしやすい
- 流動性リスク(受託者の承諾なしでは譲渡不可)、損益通算不可などのデメリットも存在する
- 相続税の節税効果はなく、あくまで「分割のしやすさ」や「倒産隔離機能」が主なメリット
信託の基本構造|委託者・受託者・受益者の関係
(1) 委託者|財産を信託する人(財産の出し手)
委託者とは、自身の財産(この場合は不動産)を受託者に信託する人を指します。不動産の所有者が、管理や運用を専門機関に任せたい場合に委託者となります。
(2) 受託者|財産を管理・運用する人(信託銀行等)
受託者とは、委託者から信託された財産を管理・運用する人または機関です。通常は信託銀行や信託会社がこの役割を担います。受託者は、信託契約に基づいて不動産を管理し、賃料収入等を受益者に分配します。
(3) 受益者|信託財産から収益を得る権利を持つ人
受益者とは、信託財産から収益を得る権利を持つ人です。この「信託財産から収益を得る権利」こそが信託受益権です。
(4) 自益信託と他益信託|委託者=受益者か否かの違い
信託には以下の2種類があります。
| 種類 | 内容 | 税務上の取扱い |
|---|---|---|
| 自益信託 | 委託者と受益者が同一人物 | 贈与税は課税されない |
| 他益信託 | 委託者とは別の人が受益者 | 受益者に贈与税が課税 |
例えば、父が不動産を信託し、息子を受益者にした場合は「他益信託」となり、息子に贈与税が課税されます。
(5) みなし有価証券|金融商品取引法上の位置づけ
不動産信託受益権は、金融商品取引法上「みなし有価証券(2項有価証券)」として扱われます。このため、信託受益権の売買や媒介を行うには、第二種金融商品取引業の登録が必要です。
第二種金融商品取引業協会によると、通常の宅地建物取引業者では信託受益権の仲介はできません。
不動産信託受益権のメリット|現物不動産との違いと利点
(1) 税制優遇|不動産取得税非課税、登録免許税1物件1,000円程度
信託受益権売買の最大のメリットは税制優遇です。
| 項目 | 現物不動産 | 信託受益権 |
|---|---|---|
| 不動産取得税 | 固定資産税評価額の3%(軽減措置あり) | 非課税 |
| 登録免許税 | 固定資産税評価額の2%(軽減措置あり) | 1物件1,000円程度 |
例えば、固定資産税評価額3,000万円の物件の場合、現物不動産では不動産取得税90万円+登録免許税60万円=合計150万円かかりますが、信託受益権なら1,000円程度で済みます。
(2) 小口化による投資しやすさ|1,000万円程度から投資可能
現物不動産は一般的に数千万円~数億円の資金が必要ですが、信託受益権は小口化により1,000万円程度から投資可能です。
複数の投資家が1つの不動産に対する受益権を分割して保有することで、少額から不動産投資を始められます。
(3) 相続・贈与時の分割のしやすさ|受益権を分割して承継可能
現物不動産を複数の相続人に分割するのは困難ですが、信託受益権なら受益権を分割して承継できます。
例えば、3人の子供に不動産を相続させたい場合、現物不動産では共有名義にするか、売却して現金化する必要があります。一方、信託受益権なら「長男30%、次男30%、三男40%」のように柔軟に分割できます。
(4) 倒産隔離機能|委託者・受託者の倒産から信託財産を保護
倒産隔離機能とは、委託者または受託者が倒産しても、信託財産が差押対象外となる仕組みです。
- 委託者が倒産 → 信託財産は委託者の財産ではないため差押不可
- 受託者が倒産 → 信託財産は受託者の固有財産ではないため差押不可
この機能により、信託財産の安全性が高まります。
(5) 孫の代まで継承先を指定可能|相続対策としての活用
信託では「受益者連続型信託」という仕組みを使うことで、孫の代まで継承先を指定できます。
例えば、「父→長男→長男の長男(孫)」という順序で受益権を承継させることが可能です。これにより、遺産分割協議なしで資産承継ができ、相続対策として注目されています。
不動産信託受益権のデメリットとリスク|流動性・コスト・税務上の制約
(1) 流動性リスク|受託者の事前承諾なしでは譲渡・質入不可
信託受益権は、受託者の事前承諾なしでは譲渡・質入ができません。これは信託契約で「譲渡制限」が設けられているためです。
現物不動産も流動性は低いですが、信託受益権はさらに制約が厳しく、売却したい時にすぐに売れない可能性があります。
(2) 損益通算不可|信託不動産の赤字は他の所得と通算できない
信託不動産から発生した赤字は、他の所得と損益通算できません。
例えば、給与所得が500万円、信託不動産の赤字が100万円の場合、現物不動産なら損益通算で課税所得が400万円になりますが、信託受益権では損益通算できず、課税所得は500万円のままです。
(3) 信託報酬・手数料|受託者への報酬コストが発生
信託受益権を保有する場合、受託者に対して信託報酬・手数料を支払う必要があります。
一般的に、信託財産の価額や収益に応じて年間数%の報酬が発生します。現物不動産を自己管理する場合と比べ、コストが増える点はデメリットです。
(4) 売買の規制|第二種金融商品取引業者のみが仲介可能
先述の通り、信託受益権の売買・媒介は第二種金融商品取引業者のみが行えます。
通常の不動産会社(宅建業者)では仲介できないため、売買できる業者が限られ、流動性が低下する要因となっています。
(5) 相続税の節税効果はない|信託受益権も相続税の課税対象
重要な注意点として、信託受益権も相続税の課税対象です。「信託にすれば相続税が安くなる」という誤解がありますが、実際には節税効果はありません。
国税庁の通達によると、信託受益権の評価額に対して通常通り相続税が課税されます。
メリットはあくまで「分割のしやすさ」や「倒産隔離機能」であり、相続税対策にはなりません。
不動産信託受益権の税金|所得税・相続税・贈与税の取り扱い
(1) 所得税|信託不動産からの収益は受益者に課税
信託不動産からの収益(賃料収入等)は、受益者に不動産所得として課税されます。
ただし、先述の通り損益通算ができないため、信託不動産の赤字を他の所得と相殺できません。
(2) 相続税|受益権の評価額に対して課税(節税効果なし)
信託受益権も相続税の課税対象です。評価額は、信託不動産の固定資産税評価額等を基に算定されます。
信託協会によると、信託にしても相続税の節税効果はなく、あくまで相続財産の分割や管理の効率化がメリットです。
(3) 贈与税|他益信託では受益者に贈与税が課税
委託者とは別の人が受益者になる「他益信託」の場合、受益者に贈与税が課税されます。
例えば、父が不動産を信託し、息子を受益者にした場合、息子に贈与税が課税されます。
(4) 不動産取得税|信託受益権売買では非課税
信託受益権売買では、不動産取得税が非課税です。これは大きな税制メリットです。
現物不動産の売買では、固定資産税評価額の3%(軽減措置適用前)が課税されますが、信託受益権売買では一切かかりません。
(5) 登録免許税|現物不動産に比べ大幅に軽減(1物件1,000円程度)
信託受益権売買では、登録免許税が1物件1,000円程度に軽減されます。
現物不動産の所有権移転登記では、固定資産税評価額の2%(軽減措置適用前)が課税されますが、信託受益権の譲渡では大幅に軽減されます。
下記の表で現物不動産と信託受益権の税金を比較します。
| 税金の種類 | 現物不動産 | 信託受益権 |
|---|---|---|
| 不動産取得税 | 固定資産税評価額の3% | 非課税 |
| 登録免許税 | 固定資産税評価額の2% | 1物件1,000円程度 |
| 所得税 | 課税(損益通算可) | 課税(損益通算不可) |
| 相続税 | 課税 | 課税(節税効果なし) |
| 贈与税(他益信託) | 課税 | 課税 |
まとめ:不動産信託受益権の投資判断基準と専門家への相談
(1) 不動産信託受益権の総合評価|メリットとリスクのバランス
不動産信託受益権は、税制優遇(不動産取得税非課税、登録免許税軽減)、小口化、相続財産の分割のしやすさ、倒産隔離機能などのメリットがあります。
一方、流動性リスク、損益通算不可、信託報酬・手数料、相続税の節税効果がない、などのデメリットも存在します。
(2) 活用が向いているケース|相続対策・小口化・倒産隔離
不動産信託受益権の活用が向いているのは以下のケースです。
- 相続時に複数の相続人に公平に分割したい
- 小口化により少額から不動産投資を始めたい
- 倒産隔離機能により信託財産を保護したい
- 孫の代まで継承先を指定したい
一方、相続税の節税や損益通算による節税を期待している場合は、信託受益権では効果がありません。
(3) 次のアクション|税理士・金融専門家・弁護士への相談
不動産信託受益権の投資判断は複雑です。特に税務上の取り扱いは専門的で、誤った理解は将来の大きなリスクになります。
以下の専門家への相談を強く推奨します。
- 税理士: 所得税・相続税・贈与税の取り扱い、損益通算の可否
- 金融専門家: 投資判断、リスク評価、信託報酬の妥当性
- 弁護士: 信託契約の内容、譲渡制限の確認、法的リスクの評価
(4) 第二種金融商品取引業者の選び方
信託受益権の売買・媒介は、第二種金融商品取引業の登録を受けた業者のみが行えます。
業者選びのポイント:
- 金融庁に登録されているか確認(金融庁ウェブサイトで検索可能)
- 過去の取引実績・評判を確認
- 信託報酬・手数料の明確な説明があるか
- 複数の業者から見積もりを取る
不動産信託受益権は、仕組みを正しく理解し、専門家の助言を得ながら検討することで、相続対策や資産形成の有効な手段となります。
税制改正や法規制の変更もあり得るため、最新の情報を確認し、信頼できる専門家に相談しながら判断しましょう。


