相続した戸建て売却の基本的な流れ
(1) 相続発生から売却完了までの全体スケジュール
相続で取得した戸建てを売却する場合、通常の売却とは異なる手続きが必要です。全体のスケジュールは以下の通りです(国土交通省「不動産売却の流れ」)。
時期 | 主な手続き | 所要期間 |
---|---|---|
相続発生直後 | 遺産分割協議 | 1-3ヶ月 |
相続発生後1-4ヶ月 | 相続登記の申請 | 1-2週間 |
登記完了後 | 査定・媒介契約 | 1-2週間 |
媒介契約後 | 売却活動・内覧対応 | 1-3ヶ月 |
買主決定後 | 売買契約締結 | 即日 |
契約後1-2ヶ月 | 決済・引き渡し | 1日 |
翌年2-3月 | 確定申告 | - |
合計期間:相続発生から売却完了まで4-9ヶ月が標準的です。
(2) 通常の売却との違いと特有の手続き
相続した戸建ての売却は、通常の売却と比べて以下の点が異なります。
相続売却の特有手続き:
- 相続登記:被相続人から相続人への名義変更が必須(2024年4月から義務化、法務省「相続不動産の売却手続き」)
- 遺産分割協議:相続人全員で遺産の分け方を決定
- 相続税申告:相続開始から10ヶ月以内(該当する場合)
- 税務上の特例適用:空き家特例や取得費加算の特例を活用
通常の売却では不要なこれらの手続きが加わるため、相続発生から売却完了まで時間がかかる点に注意が必要です。
(3) 空き家特例を考慮した期限管理
相続した戸建てが空き家の場合、空き家3000万円特別控除を活用できる可能性があります(国税庁「空き家の3000万円特別控除」)。
空き家特例の期限:
- 相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却
- 例:2024年5月1日相続 → 2027年12月31日までに売却
適用要件:
- 昭和56年5月31日以前建築
- 耐震基準に適合(または売却前に解体)
- 相続開始直前まで被相続人が居住
- 売却価格1億円以下
この特例を活用するには、逆算スケジュールが重要です。例えば2027年12月末が期限なら、遅くとも2027年10月までに売却活動を開始する必要があります。
2. 相続登記の完了と遺産分割協議
(1) 相続登記の義務化と手続きの流れ
2024年4月1日から、相続登記が義務化されました(法務省「相続不動産の売却手続き」)。
相続登記の義務:
- 相続開始を知った日から3年以内に登記申請が必要
- 正当な理由なく登記しない場合、10万円以下の過料
- 2024年4月以前の相続も対象(2027年3月末までに登記が必要)
相続登記の流れ:
- 相続人の確定:戸籍謄本で相続人全員を確認
- 遺産分割協議:相続人全員で戸建ての帰属を決定
- 必要書類の準備:登記申請書・戸籍謄本・遺産分割協議書・印鑑証明書など
- 登記申請:法務局へ提出(司法書士に依頼するのが一般的)
- 登記完了:1-2週間で完了
登記完了後、初めて売却手続きを開始できます。
(2) 遺産分割協議書の作成ポイント
遺産分割協議書は、相続人全員が合意した遺産の分け方を記載した書類です。
協議書に記載すべき内容:
- 被相続人の氏名・住所・死亡日
- 相続人全員の氏名・住所
- 遺産の詳細(不動産の所在地・地番・家屋番号)
- 各相続人が取得する財産
- 作成日
- 相続人全員の署名・実印押印
不動産売却を前提とする場合の記載例:
相続人〇〇〇〇は、次の不動産を取得する。 所在:東京都〇〇区〇〇町〇丁目〇番地 家屋番号:〇〇番 なお、相続人〇〇〇〇は本不動産を売却し、売却代金を相続人全員で按分する。
遺産分割協議書は相続登記の必須書類であり、相続人全員の実印押印と印鑑証明書が必要です。
(3) 複数相続人がいる場合の対応
相続人が複数いる場合、以下の2つの方法があります。
方法1:代表相続人が単独で相続登記
- 代表相続人1名が戸建てを相続し、売却手続きを進める
- 売却代金を相続人全員で按分
- メリット:登記・売却手続きがシンプル
- デメリット:代表相続人に税務上の負担が集中
方法2:相続人全員が共有で相続登記
- 相続人全員が持分割合で共有
- 売却には相続人全員の同意が必要
- メリット:税務負担を分散できる
- デメリット:売却手続きが煩雑(全員の署名・押印が必要)
一般的には、方法1の代表相続人が単独で相続する方が売却手続きがスムーズです。
3. 査定依頼と媒介契約の締結
(1) 相続物件の査定ポイント
相続登記完了後、不動産会社に査定を依頼します。相続物件の査定では、以下のポイントが重視されます。
査定時のチェック項目:
項目 | 査定への影響 |
---|---|
築年数 | 古いほど価格低下 |
耐震基準 | 1981年5月以前は旧耐震で評価減 |
管理状態 | 空き家期間が長いと劣化が進む |
周辺環境 | 駅距離・学校・スーパーなど |
土地面積・形状 | 整形地・角地は高評価 |
相続した戸建てが空き家の場合、内部の劣化状態が価格に大きく影響します。査定前に以下を確認しましょう:
- 雨漏り・床の傾き・シロアリ被害の有無
- 給排水設備の動作確認
- 庭の雑草・樹木の管理状態
(2) 媒介契約の種類と選び方
不動産会社に売却を依頼する際、媒介契約を締結します(国土交通省「媒介契約の種類」)。
媒介契約の3種類:
種類 | 複数社との契約 | 自己発見取引 | レインズ登録 | 報告義務 |
---|---|---|---|---|
一般媒介 | 可 | 可 | 任意 | なし |
専任媒介 | 不可 | 可 | 7日以内 | 2週間に1回以上 |
専属専任媒介 | 不可 | 不可 | 5日以内 | 1週間に1回以上 |
相続物件での選び方:
- 一般媒介:複数社に依頼して広く買主を探したい場合
- 専任媒介:1社に集中して売却活動を任せたい場合(相続物件では最も一般的)
- 専属専任媒介:大手不動産会社の手厚いサポートを受けたい場合
相続物件は通常の売却より時間がかかる傾向があるため、専任媒介で1社に集中させる方が効率的です。
(3) 必要書類の準備と確認事項
媒介契約時に必要な書類は以下の通りです。
必要書類:
- 登記済権利証または登記識別情報通知
- 固定資産税評価証明書
- 建築確認済証・検査済証(あれば)
- 測量図・境界確認書(あれば)
- 遺産分割協議書のコピー
- 相続人全員の同意書(共有の場合)
確認事項:
- 境界が確定しているか(測量が必要か)
- 建築基準法違反の増築がないか
- 土壌汚染・アスベスト使用の有無
これらを事前に確認しておくと、売却活動がスムーズに進みます。
4. 売却活動から売買契約まで
(1) 空き家の場合の内覧対応
相続した戸建てが空き家の場合、内覧対応には工夫が必要です。
内覧前の準備:
項目 | 対応内容 |
---|---|
清掃 | 室内・庭の清掃、ゴミ・不用品の撤去 |
通風・換気 | カビ臭対策、内覧1時間前に窓を開ける |
電気・水道 | 契約を継続し、内覧時に使用可能にする |
荷物 | 家具・遺品は撤去または整理整頓 |
空き家は暗い・臭い・汚いの3K印象を与えやすいため、内覧前の準備が重要です。ハウスクリーニング(費用5-10万円)を利用すると、印象が大きく改善します。
(2) 重要事項説明と告知事項
売買契約前に、不動産会社が買主に重要事項説明を行います。相続物件では、以下の告知事項に注意が必要です。
告知すべき事項:
- 物件内での死亡事故の有無(自然死は告知不要、事故死・自殺は告知必要)
- 雨漏り・シロアリ被害など物件の欠陥
- 隣地との境界トラブル
- 都市計画道路など行政上の制限
告知しなかった場合のリスク:
- 契約解除・損害賠償請求
- 売買代金の減額請求
告知義務がある事項は、売買契約前に必ず買主へ伝える必要があります。不明点は不動産会社に確認しましょう。
(3) 売買契約書の記載内容確認
売買契約書には、以下の内容が記載されます。
売買契約書の主な内容:
- 物件の所在地・面積
- 売買価格
- 手付金の額(売買価格の5-10%が一般的)
- 決済日・引き渡し日
- 契約解除条項
- 瑕疵担保責任(契約不適合責任)の範囲
相続物件で確認すべきポイント:
- 瑕疵担保責任の免責または制限:相続物件は現況有姿での売却が一般的
- 残置物の扱い:家具・遺品が残っている場合の処理方法
- 境界確定の有無:測量が完了していない場合の扱い
売買契約書は法的拘束力があるため、署名・押印前に内容を十分に確認することが重要です。
5. 決済・引き渡しと所有権移転
(1) 残代金決済の流れ
売買契約締結後、1-2ヶ月で残代金決済を行います。
決済日の流れ:
時刻 | 内容 |
---|---|
10:00 | 銀行or不動産会社に集合(売主・買主・司法書士・仲介会社) |
10:15 | 書類確認(登記関係書類・本人確認書類) |
10:30 | 残代金の振込(買主→売主) |
10:45 | 振込確認後、鍵・書類の引き渡し |
11:00 | 司法書士が法務局へ登記申請 |
11:15 | 決済完了 |
決済完了後、通常1週間程度で登記が完了します。
(2) 登記手続きと所有権移転
決済日に司法書士が所有権移転登記を申請します。
登記に必要な書類:
- 権利証または登記識別情報通知
- 売主の印鑑証明書(発行後3ヶ月以内)
- 買主の住民票
- 固定資産税評価証明書
- 遺産分割協議書(相続物件の場合)
登記費用:
- 登録免許税:固定資産税評価額の2%(買主負担)
- 司法書士報酬:5-10万円(買主負担が一般的)
所有権移転登記が完了すると、買主が正式な所有者となります。
(3) 引き渡し前の最終確認
決済日の前に、買主立ち会いのもとで最終確認を行います。
最終確認のチェックリスト:
- 設備の動作確認(売買契約時の状態と一致するか)
- 残置物の撤去確認
- 境界標の確認
- 鍵の本数確認(玄関・勝手口など)
問題があれば、引き渡し前に対処します。トラブル防止のため、写真撮影しておくと安心です。
6. 売却後の税務手続きと特例適用
(1) 譲渡所得税の計算方法
戸建てを売却した場合、譲渡所得に対して所得税・住民税が課税されます(国税庁「相続不動産の譲渡所得税」)。
譲渡所得の計算式:
譲渡所得 = 譲渡収入金額 - (取得費 + 譲渡費用)
- 譲渡収入金額:売却価格
- 取得費:被相続人が購入した価格(不明な場合は売却価格の5%)
- 譲渡費用:仲介手数料・印紙税・測量費など
例:売却価格3,000万円、取得費不明、譲渡費用100万円の場合
- 取得費:3,000万円×5% = 150万円
- 譲渡所得:3,000万円 - (150万円 + 100万円)= 2,750万円
- 税額:2,750万円×20.315%(長期譲渡所得税率)= 約559万円
(2) 空き家3000万円特別控除の適用要件
空き家3000万円特別控除を適用すれば、譲渡所得から3,000万円を控除できます(国税庁「空き家の3000万円特別控除」)。
適用要件:
要件 | 内容 |
---|---|
建築時期 | 昭和56年5月31日以前に建築 |
相続開始直前の状況 | 被相続人が居住、一人暮らし |
売却時期 | 相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで |
耐震基準 | 売却前に耐震改修または解体 |
売却価格 | 1億円以下 |
控除額の計算例:
- 譲渡所得2,750万円 - 3,000万円控除 = 0円(税額ゼロ)
この特例を活用すれば、多くのケースで譲渡所得税を大幅に削減できます。
(3) 取得費加算の特例と確定申告
相続税を納付した場合、取得費加算の特例を利用できます(国税庁「相続不動産の譲渡所得税」)。
取得費加算の特例:
- 相続税額の一部を譲渡所得の取得費に加算できる制度
- 相続税申告期限の翌日から3年10ヶ月以内に売却した場合に適用
空き家特例との併用:
- 併用不可。どちらか有利な方を選択
- 一般的には、空き家特例(3,000万円控除)の方が有利
確定申告:
- 売却した翌年の2月16日〜3月15日に確定申告
- 必要書類:売買契約書、取得費の証明書類、譲渡費用の領収書、特例適用のための証明書
税務手続きは複雑なため、税理士への相談を推奨します。
まとめ
相続した戸建てを売却する際は、通常の売却とは異なる手続きが必要です。以下のポイントを押さえましょう:
- 相続登記の義務化:2024年4月から義務化。相続開始を知った日から3年以内に登記が必要
- 全体スケジュール:相続発生から売却完了まで4-9ヶ月が標準的
- 空き家特例の期限管理:相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却
- 遺産分割協議:相続人全員で戸建ての帰属を決定。代表相続人が単独で相続すると手続きがスムーズ
- 査定・媒介契約:専任媒介で1社に集中させるのが効率的
- 税務上の特例:空き家3000万円特別控除または取得費加算の特例を活用(併用不可)
相続不動産の売却は手続きが複雑なため、不動産会社・司法書士・税理士など専門家のサポートを受けながら進めることをお勧めします。
よくある質問
Q1. 相続登記が完了していない戸建ては売却できますか?
相続登記完了前は売却できません。2024年4月から相続登記が義務化され、相続開始を知った日から3年以内に登記する必要があります。登記完了後に売却手続きを開始できます。正当な理由なく登記しない場合、10万円以下の過料が科される可能性があります。
Q2. 空き家特例はいつまでに売却すれば適用されますか?
相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却する必要があります。例えば、2024年5月に相続した場合、2027年12月31日までが期限です。ただし、昭和56年5月31日以前建築、耐震基準適合など他の要件も満たす必要があります。
Q3. 遺産分割協議がまとまらない場合はどうすればよいですか?
協議が不成立の場合、家庭裁判所の調停・審判を利用できます。ただし、売却には原則として相続人全員の合意が必要です。長期化すると空き家特例の期限(3年)に影響するため、早期に専門家(弁護士等)に相談することを推奨します。
Q4. 取得費加算の特例と空き家特例は併用できますか?
併用できません。どちらか有利な方を選択します。取得費加算は相続税納付後3年10ヶ月以内、空き家特例は相続開始後3年内と期限が異なります。どちらが有利かは譲渡所得の額や相続税額によって異なるため、税理士に試算を依頼することを推奨します。