転勤が決まり、相続した新築マンションを売却する必要に迫られるケースでは、相続税と譲渡所得税という2つの税金が関わります。特に、相続税の申告期限から3年10ヶ月以内に売却する場合は「取得費加算の特例」、居住用財産を売却する場合は「3,000万円特別控除」など、複数の税制優遇が選択肢として存在します。この記事では、転勤に伴う相続マンションの売却における税務処理の実務的な知識を解説します。
この記事のポイント
- 相続した新築マンションの相続税評価は固定資産税評価額と路線価で計算
- 相続開始から3年10ヶ月以内の売却で取得費加算の特例が適用可能
- 転勤による空き家でも一定要件で3,000万円特別控除が適用可能
- 相続登記は2024年4月から義務化、3年以内の手続きが必要
- 転勤先からの遠隔売却でも税務手続きは可能
相続税・贈与税の基礎知識
相続税と贈与税の基本的な仕組み
相続税は、被相続人の死亡により財産を取得した場合に課される税金です。基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」となります(国税庁 相続税)。例えば、法定相続人が3人の場合、基礎控除額は4,800万円となり、相続財産の総額がこれを超えた場合に相続税が課税されます。
贈与税は、個人から財産をもらったときに課される税金です。暦年課税の基礎控除は年110万円となります(国税庁 贈与税)。相続税と贈与税は一体的に設計されており、生前贈与により相続税を回避することを防ぐ仕組みになっています。
基礎控除額と税率
相続税の税率は、法定相続分に応じた取得金額により10%から55%までの累進税率が適用されます。
法定相続分に応じた取得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | - |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
相続した新築マンションの評価方法
新築マンションの相続税評価額(固定資産税評価額・路線価)
新築マンションの相続税評価額は、建物部分と土地部分で計算方法が異なります。建物は固定資産税評価額がそのまま相続税評価額となり、土地は路線価方式または倍率方式で評価されます(国税庁 相続財産の評価)。
新築マンションの場合、建物の固定資産税評価額は建築費の50~70%程度、土地は路線価(公示価格の80%程度)で評価されるため、時価よりも低い評価額となるのが一般的です。
評価対象 | 評価方法 | 時価との比率 |
---|---|---|
建物 | 固定資産税評価額 | 50~70% |
土地 | 路線価方式 | 約80% |
タワーマンション節税への規制強化(令和6年以降)
令和6年以降、タワーマンションについては高層階補正が導入され、高層階ほど相続税評価額が上昇する仕組みとなりました。これは、高層階ほど市場価格が高い実態に評価額を近づけるための措置です。
賃貸中物件の借家権割合による評価減
相続したマンションが賃貸中の場合、借家権割合(通常30%)による評価減が適用できます。これにより、相続税評価額を30%減額できるため、節税効果が期待できます。
売却時の税金(譲渡所得税・取得費加算特例)
譲渡所得税の計算方法(取得費・譲渡費用)
相続したマンションを売却する場合、譲渡所得税が課税される可能性があります。譲渡所得は以下の式で計算されます。
譲渡所得 = 売却価格 - 取得費 - 譲渡費用
相続した不動産の取得費は、被相続人が購入した際の価格を引き継ぎます。取得費が不明な場合は、売却価格の5%を取得費とすることができますが、これでは譲渡所得が大きくなり、税負担が増加します。
相続税の取得費加算特例(相続開始から3年10ヶ月以内)
取得費加算の特例は、相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)の翌日から3年以内、つまり相続開始から3年10ヶ月以内に売却した場合に適用できます(国税庁 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例)。
この特例により、支払った相続税のうち、売却したマンションに対応する部分を取得費に加算できるため、譲渡所得を圧縮し、譲渡所得税を軽減できます。
加算額の計算式 加算額 = 相続税額 × 譲渡資産の相続税評価額 ÷ 相続財産総額
居住用財産の3,000万円特別控除との併用
居住用財産を売却した場合、所有期間にかかわらず譲渡所得から最大3,000万円を控除できます(国税庁 マイホームを売ったときの特例)。
転勤により空き家となった場合でも、以下の要件を満たせば適用可能です。
- 転勤等のやむを得ない事情により居住しなくなったこと
- 居住しなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること
- 売却時に賃貸していないこと
この特例と取得費加算の特例は併用可能ですが、併用する場合は計算順序に注意が必要です。
小規模宅地等の特例の活用
小規模宅地等の特例(評価額80%減)の適用要件
小規模宅地等の特例は、被相続人が居住していた宅地について、一定の要件を満たせば相続税評価額を80%減額できる特例です。この特例を活用すれば、相続税負担を大幅に軽減できます。
主な適用要件
- 被相続人の居住用宅地であること
- 相続人が配偶者、または同居親族であること
- 相続税の申告期限まで保有・居住を継続すること
マンションでの特例適用(専有面積330㎡まで)
マンションの場合、敷地権に対応する土地面積が対象となります。専有面積ではなく、敷地権割合に応じた土地面積で判定されるため、多くのマンションで特例の上限(330㎡)内に収まります。
売却前後での特例適用の違い
小規模宅地等の特例は、相続税の申告期限まで保有・居住を継続することが要件となります。転勤により居住できない場合でも、配偶者が居住を継続していれば特例を適用できるケースがあります。
一方、売却を優先する場合は特例を適用できないため、特例適用後に売却するか、売却を優先するかの判断が重要です。
贈与税の配偶者控除と相続時精算課税
贈与税の配偶者控除(2,000万円・婚姻期間20年以上)
婚姻期間20年以上の配偶者間で居住用不動産または居住用不動産の取得資金を贈与した場合、2,000万円までの贈与税の配偶者控除が適用できます。これにより、暦年課税の基礎控除110万円と合わせて、最大2,110万円まで非課税で贈与できます。
相続時精算課税制度(2,500万円まで非課税)
相続時精算課税制度は、60歳以上の父母または祖父母から、18歳以上の子または孫への贈与について、2,500万円まで贈与税を非課税とし、相続時に相続財産に加算して相続税を計算する制度です。
この制度を選択すると、暦年課税に戻ることができないため、慎重な判断が必要です。
住宅取得資金贈与の非課税特例
父母や祖父母から住宅取得資金の贈与を受けた場合、一定額まで贈与税が非課税となる特例があります。転勤先での住宅購入資金として活用できる可能性があります。
確定申告の流れと必要書類
相続税申告(相続開始から10ヶ月以内)
相続税の申告は、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に行う必要があります。転勤先からでも、郵送または税理士に依頼して申告することが可能です。
譲渡所得税の確定申告(売却翌年2-3月)
マンションを売却した場合、売却した翌年の2月16日から3月15日までに確定申告を行う必要があります。取得費加算の特例や3,000万円特別控除を適用する場合も、確定申告が必須です。
転勤先からでも、e-Taxを利用してオンラインで確定申告できます。
必要書類(登記事項証明書・売買契約書等)
確定申告に必要な主な書類は以下の通りです。
- 登記事項証明書(法務局で取得)
- 売買契約書(売却時・購入時の両方)
- 仲介手数料などの譲渡費用の領収書
- 相続税申告書の写し(取得費加算特例を適用する場合)
- 相続登記の登記事項証明書
転勤前に相続登記を完了させておくことで、遠隔地からでもスムーズに売却手続きを進められます(法務省 相続登記の申請義務化)。
まとめ
転勤に伴い相続した新築マンションを売却する際は、相続税と譲渡所得税の二重課税構造を理解し、取得費加算の特例・3,000万円特別控除などの税制優遇を適切に選択することが重要です。
取得費加算の特例は相続開始から3年10ヶ月以内、3,000万円特別控除は居住しなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までが適用期限となるため、売却タイミングの見極めが節税効果を左右します。
2024年4月から相続登記が義務化されたため、転勤前に相続登記を完了させることで、遠隔地からでもスムーズに売却手続きを進められます。税理士や不動産会社への相談タイミングを適切に設定し、具体的な数字でシミュレーションすることで、最適な売却を実現できます。