相続したマンション売却時の確定申告が必要な理由
相続によって取得したマンションを売却した場合、譲渡所得が発生すると確定申告が必要です。相続税の申告とは別に、譲渡所得税の申告を行う必要があります。相続したマンションには、相続税の取得費加算の特例や空き家特例など、相続特有の税制優遇措置がありますが、これらは確定申告をしないと適用されません。申告期限は売却した年の翌年2月16日から3月15日までで、期限内に申告しないと無申告加算税や延滞税が課される可能性があります。
この記事で分かること:
- 相続したマンション売却時の確定申告の基礎知識
- 取得費の計算方法(被相続人の取得価額を引き継ぐ仕組み)
- 相続税の取得費加算の特例と3,000万円特別控除の活用
- 確定申告に必要な書類(遺産分割協議書、相続税申告書など)
- 相続税と譲渡所得税の関係と申告手順
相続によるマンション売却の確定申告の基礎知識
確定申告が必要なケース
相続したマンションを売却して譲渡所得が発生した場合、確定申告が必要です。
確定申告が必要なケース:
- 譲渡益が出た場合: 売却価格が取得費と譲渡費用の合計を上回る場合
- 特例を適用する場合: 相続税の取得費加算、3,000万円特別控除、空き家特例などを適用する場合(譲渡益がなくても申告必須)
- 相続人が複数いる場合: 共同相続人全員が各自の持分に応じて申告
相続税の申告は相続開始から10ヶ月以内ですが、譲渡所得の申告は売却した年の翌年2月16日から3月15日までと、期限が異なるため注意が必要です。
相続税申告との違い
相続税と譲渡所得税は全く別の税金で、申告も別々に行います。
項目 | 相続税 | 譲渡所得税 |
---|---|---|
課税対象 | 相続財産全体 | マンション売却益 |
申告期限 | 相続開始から10ヶ月以内 | 売却翌年2月16日〜3月15日 |
納税義務者 | 相続人全員(遺産総額に応じて) | 売却した相続人(持分に応じて) |
申告先 | 税務署 | 税務署 |
申告書 | 相続税申告書 | 確定申告書(第三表) |
相続税を支払っても、譲渡所得税は別途発生するため、両方の税金を計算に入れておく必要があります。
相続登記完了が前提
相続したマンションを売却する前に、相続登記(所有権移転登記)を完了させる必要があります。法務局の「相続による所有権移転登記」によると、2024年4月から相続登記が義務化され、相続開始から3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科される可能性があります。
相続登記の流れ:
- 遺産分割協議書の作成(相続人全員の合意)
- 必要書類の収集(戸籍謄本、住民票、印鑑証明書など)
- 法務局への登記申請
- 登記完了(通常2週間程度)
相続登記が完了していないと、買主への所有権移転ができず、売却契約が成立しません。司法書士に依頼すると、スムーズに手続きが進められます。
相続によるマンション売却の税額計算方法
譲渡所得の基本計算式
国税庁の「譲渡所得の計算方法」によると、譲渡所得は以下の計算式で算出します。
譲渡所得の計算式:
譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用) - 特別控除
計算例:
- 売却価格: 3,500万円
- 取得費: 2,000万円(被相続人の取得費)
- 譲渡費用: 120万円
- 相続税の取得費加算: 300万円
- 特別控除: 3,000万円
譲渡所得 = 3,500万円 - (2,000万円 + 300万円 + 120万円) - 3,000万円
= 3,500万円 - 2,420万円 - 3,000万円
= -1,920万円(譲渡益なし)
この場合、特別控除後の譲渡所得がマイナスなので、税金は発生しません。
取得費は被相続人の取得価額を引き継ぐ
相続した不動産の取得費は、相続時の時価ではなく、被相続人が購入した時の価格と購入にかかった費用を引き継ぎます。
取得費に含まれるもの:
- 被相続人がマンションを購入した代金
- 購入時の仲介手数料
- 登記費用(登録免許税、司法書士報酬)
- 不動産取得税
- 印紙税
- リフォーム費用(資産価値を高める工事)
注意点:
- 相続時の時価(評価額)は取得費にならない
- 被相続人が購入した時期が古い場合、取得費が不明なことが多い
- 取得費が不明な場合、概算取得費(売却価格の5%)を使用(税負担が大幅に増える)
被相続人の取得時資料が見つからない場合:
- 購入時の銀行振込記録
- 住宅ローンの契約書(借入金額から推定)
- 固定資産税評価証明書(評価額から推定)
- 登記事項証明書(抵当権設定額から推定)
これらの資料があれば、税理士に相談して取得費を合理的に推定できる場合があります。
譲渡費用として認められる項目
譲渡費用には、マンションを売却するために直接かかった費用が含まれます。
譲渡費用として認められる項目:
- 売却時の仲介手数料
- 印紙税(売買契約書に貼付)
- 測量費(売却のために実施した場合)
- 広告費(売却のための広告を自己負担した場合)
- 建物解体費(更地渡しの場合)
- 立退料(賃借人がいた場合)
- 相続登記費用(売却のための相続登記は譲渡費用に含められる)
譲渡費用に含まれないもの:
- 引越し費用
- 遺品整理費用
- 相続税の申告費用
- 修繕費(売却前の修繕は譲渡費用に含まれない場合が多い)
所有期間の引き継ぎと税率
譲渡所得の税率は、所有期間によって異なりますが、相続した不動産の所有期間は被相続人の取得時期から計算します。
所有期間の判定:
- 被相続人が取得した日から売却した年の1月1日までの期間で判定
- 相続した日ではなく、被相続人の取得日を引き継ぐ
税率:
短期譲渡所得(所有期間5年以内):
- 所得税: 30.63%(復興特別所得税を含む)
- 住民税: 9%
- 合計: 39.63%
長期譲渡所得(所有期間5年超):
- 所得税: 15.315%(復興特別所得税を含む)
- 住民税: 5%
- 合計: 20.315%
被相続人が長年保有していた場合、相続直後に売却しても長期譲渡所得として有利な税率が適用されます。
相続によるマンション売却で使える控除・特例
相続税の取得費加算の特例
国税庁の「相続した財産を譲渡した場合の取得費の特例」によると、相続税を支払った人が、相続開始後3年10ヶ月以内に相続財産を売却した場合、支払った相続税の一部を取得費に加算できます。
適用要件:
- 相続税を支払っている
- 相続開始日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで(相続開始から3年10ヶ月以内)に売却
- 売却する人が相続または遺贈により財産を取得している
取得費加算額の計算式:
取得費加算額 = 支払った相続税額 × (売却した不動産の相続税評価額 ÷ 相続財産の総額)
計算例:
- 支払った相続税額: 500万円
- マンションの相続税評価額: 3,000万円
- 相続財産の総額: 1億円
取得費加算額 = 500万円 × (3,000万円 ÷ 1億円) = 150万円
この150万円を取得費に加算することで、譲渡所得が減少し、税負担が軽減されます。
3,000万円特別控除の適用条件
国税庁の「マイホームを売ったときの特例」によると、相続したマンションでも、相続人が居住していた場合は3,000万円特別控除を適用できます。
適用要件:
- 相続人が相続後に居住していた(被相続人が居住していただけでは不可)
- 売却相手が親族や関連会社ではない
- 売却した年の前年・前々年にこの特例を受けていない
- 住まなくなった日から3年後の12月31日までに売却
相続人が一度も居住していない場合、通常の3,000万円特別控除は適用できませんが、後述の「空き家特例」が適用できる可能性があります。
空き家特例の要件と注意点
国税庁の「空き家に係る譲渡所得の特別控除の特例」によると、被相続人が一人暮らしだった住宅を相続し、一定要件を満たして売却した場合、3,000万円控除が受けられます。
適用要件:
- 被相続人が一人暮らしだった(老人ホーム入居も含む)
- 昭和56年5月31日以前に建築された家屋(旧耐震基準)
- 区分所有建物でない(マンションは原則対象外)
- 相続開始日から3年後の12月31日までに売却
- 売却価格が1億円以下
- 耐震基準に適合させるか、解体して売却
- 相続人が居住していない
注意点:
- マンション(区分所有建物)は原則対象外
- 耐震改修または解体が必要で、費用がかかる
- 相続開始から3年以内の売却が必要
- 要件が厳格で、適用できるケースは限定的
マンションの場合、一棟全体を所有している場合を除き、空き家特例は適用できません。
特例の併用可否
相続税の取得費加算と3,000万円特別控除の併用:
併用可能です。ただし、計算順序に注意が必要です。
計算順序:
- 譲渡所得を計算(取得費に相続税の取得費加算を含める)
- 譲渡所得から3,000万円特別控除を差し引く
- 控除後の譲渡所得に税率を乗じて税額を計算
計算例:
- 売却価格: 4,000万円
- 取得費: 1,500万円
- 相続税の取得費加算: 200万円
- 譲渡費用: 150万円
ステップ1: 譲渡所得 = 4,000万円 - (1,500万円 + 200万円 + 150万円) = 2,150万円
ステップ2: 特別控除後 = 2,150万円 - 3,000万円 = -850万円(税金なし)
この例では、特別控除後の譲渡所得がマイナスなので、税金は発生しません。
相続によるマンション売却の確定申告手続き
必要書類の準備
相続したマンションの売却時には、通常の確定申告に加えて、相続関係の書類が必要です。
基本書類:
- 確定申告書(第一表・第二表・第三表)
- 譲渡所得の内訳書
- 売買契約書の写し(売却時・購入時)
- 仲介手数料等の領収書
- 登記事項証明書
相続関係書類:
- 遺産分割協議書(相続人全員の印鑑証明書付き)
- 相続税の申告書の写し(相続税の取得費加算を適用する場合)
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本
- 相続人全員の戸籍謄本
- 相続関係説明図
特例適用時の追加書類:
- 相続税の取得費加算: 相続税の申告書、相続財産の明細書
- 3,000万円特別控除: 住民票の写し、居住証明書
- 空き家特例: 被相続人居住用家屋等確認書、耐震基準適合証明書または解体証明書
遺産分割協議書・相続税申告書
遺産分割協議書:
相続人が複数いる場合、遺産分割協議書で各相続人の持分を明確にします。
記載内容:
- 被相続人の氏名、死亡日
- 相続人全員の氏名、住所
- マンションの所在地、持分割合
- 各相続人の印鑑証明書
相続税の申告書:
相続税の取得費加算の特例を適用する場合、相続税の申告書の写しが必要です。
必要箇所:
- 第11表(相続税がかかる財産の明細書)
- 第15表(相続財産の種類別価額表)
- マンションの相続税評価額が分かる部分
被相続人の取得時資料
被相続人が購入した時の資料が必要です。
理想的な資料:
- 被相続人の購入時の売買契約書
- 購入時の仲介手数料の領収書
- 登記費用の領収書
- 不動産取得税の納税通知書
資料が見つからない場合:
- 住宅ローンの契約書(借入金額から推定)
- 固定資産税評価証明書(評価額から推定)
- 登記事項証明書(抵当権設定額から推定)
- 銀行振込記録
資料がない場合は概算取得費(売却価格の5%)となり、税負担が大幅に増えるため、可能な限り探すことが重要です。
確定申告書の記入と提出
国税庁の「確定申告書等作成コーナー」を利用すると、画面の指示に従って入力できます。
申告手順:
- 確定申告書等作成コーナーにアクセス
- 「分離課税の所得」を選択
- 「土地建物等の譲渡所得」を選択
- 売却価格、取得費、譲渡費用を入力
- 特例(相続税の取得費加算、3,000万円特別控除)を選択
- 税額を自動計算
- 申告書をPDF出力またはe-Taxで送信
提出方法:
- e-Tax(電子申告): 自宅から24時間申告可能
- 郵送: 管轄の税務署に郵送
- 窓口: 税務署の窓口に持参
申告期限は売却した年の翌年3月15日です。
相続税と譲渡所得税の関係
相続税と譲渡所得税は別の税金
相続税と譲渡所得税は全く別の税金で、それぞれ別々に課税されます。
相続税:
- 相続財産全体に対して課税
- 相続開始時点の時価(相続税評価額)で計算
- 相続人全員で分担(遺産総額に応じて)
譲渡所得税:
- マンション売却益に対して課税
- 売却価格と取得費の差額で計算
- 売却した相続人が各自申告
相続税を支払っても、譲渡所得税が別途発生するため、両方の税金を考慮した資金計画が必要です。
相続税の取得費加算の計算順序
相続税の取得費加算を適用する場合、以下の順序で計算します。
計算順序:
- 売却価格を確定
- 取得費を計算(被相続人の取得費 + 相続税の取得費加算)
- 譲渡費用を計算
- 譲渡所得を計算(売却価格 - 取得費 - 譲渡費用)
- 特別控除を適用(3,000万円特別控除など)
- 税額を計算(控除後の譲渡所得 × 税率)
相続税の取得費加算と3,000万円特別控除を併用する場合、先に相続税の取得費加算を適用してから、3,000万円特別控除を適用します。
相続開始から3年10ヶ月以内の売却
相続税の取得費加算の特例を適用するには、相続開始日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却する必要があります。
期限の計算:
- 相続開始日: 2023年4月1日
- 相続税の申告期限: 2024年2月1日(相続開始から10ヶ月後)
- 取得費加算の期限: 2027年2月1日(申告期限から3年後)
相続開始から3年10ヶ月を超えて売却すると、相続税の取得費加算が適用できなくなり、税負担が大きく増えます。
申告期限の違い
相続税と譲渡所得税は申告期限が異なります。
税金 | 申告期限 |
---|---|
相続税 | 相続開始から10ヶ月以内 |
譲渡所得税 | 売却した年の翌年2月16日〜3月15日 |
相続税の申告期限を過ぎてからマンションを売却する場合、相続税の申告は終了していますが、譲渡所得税の申告は別途必要です。
よくある申告ミスと注意点
取得費を相続時の時価で計算するミス
相続した不動産の取得費は、相続時の時価(相続税評価額)ではなく、被相続人が購入した時の価格を引き継ぎます。
誤った計算:
- 取得費 = 相続時の時価3,000万円
正しい計算:
- 取得費 = 被相続人の購入価格2,000万円
相続時の時価で計算すると、譲渡所得が過少になり、後から追徴課税される可能性があります。
相続税の取得費加算の計算ミス
相続税の取得費加算は、支払った相続税額全額ではなく、売却した不動産に対応する部分のみです。
誤った計算:
- 取得費加算 = 支払った相続税額500万円(全額)
正しい計算:
- 取得費加算 = 500万円 × (マンションの相続税評価額 ÷ 相続財産の総額)
計算が複雑なため、税理士に相談することをお勧めします。
所有期間の判定ミス
所有期間は、被相続人の取得日から売却した年の1月1日までで判定します。
誤った判定:
- 相続日(2023年4月1日)から売却日(2024年3月31日)まで = 1年未満(短期譲渡)
正しい判定:
- 被相続人の取得日(2010年1月1日)から売却年の1月1日(2024年1月1日)まで = 14年(長期譲渡)
被相続人が長年保有していた場合、相続直後に売却しても長期譲渡所得として有利な税率が適用されます。
共同相続人の申告漏れ
相続人が複数いる場合、各相続人が持分に応じて譲渡所得を計算・申告する必要があります。
例: 兄弟3人で1/3ずつ相続した場合
- 譲渡所得: 3,000万円
- 各相続人の譲渡所得: 1,000万円ずつ
- 各相続人が各自確定申告
一人だけが代表して申告するのではなく、全員が各自申告する必要があります。申告漏れがあると、後から追徴課税される可能性があります。
まとめ
相続したマンションを売却した場合、譲渡所得が発生すると確定申告が必要です。取得費は相続時の時価ではなく、被相続人が購入した時の価格を引き継ぎます。被相続人の購入時の資料が見つからない場合、概算取得費(売却価格の5%)となり、税負担が大幅に増えるため、可能な限り当時の資料を探すことが重要です。
相続税の取得費加算の特例を適用すると、相続開始から3年10ヶ月以内に売却した場合、支払った相続税の一部を取得費に加算でき、税負担を大幅に軽減できます。また、相続人が居住していた場合は3,000万円特別控除が適用でき、両方の特例を併用することで、さらなる節税が可能です。
確定申告には、売買契約書、遺産分割協議書、相続税の申告書、被相続人の取得時資料などが必要で、相続人が複数いる場合は各自が持分に応じて申告します。所有期間は被相続人の取得時期から計算し、長期譲渡所得の有利な税率が適用されるケースが多くなります。不明点がある場合は、税理士に相談して正確な申告を行うことをお勧めします。