相続土地売却の税務基礎知識
相続で取得した土地を売却する際には、通常の土地売却とは異なる税務上の取り扱いがあります。国税庁の資料によると、相続により取得した財産の譲渡所得計算では、被相続人の取得費と取得時期を引き継ぐことになります。
(1) 相続税評価額と売却価格の違い
相続税と譲渡所得税では、土地の評価方法が異なります。
相続税の評価:
- 路線価方式または倍率方式により評価
- 時価の約80%程度が目安
- 相続税申告のために使用
譲渡所得税の評価:
- 実際の売却価格を使用
- 市場価格で決定
- 売却時の確定申告で使用
相続税評価額3,000万円の土地が、実際には4,000万円で売却できることもあります。この場合、譲渡所得税の計算では売却価格4,000万円を使用します。
(2) 被相続人の取得費・取得時期の引継ぎ
相続により取得した土地の取得費は、被相続人(亡くなった方)が購入した時の取得費を引き継ぎます。
取得費の引継ぎ例:
- 被相続人が昭和60年に1,000万円で購入
- 令和6年に相続人が相続
- 令和7年に相続人が4,000万円で売却
- 取得費:1,000万円(被相続人の購入価格)
国税庁の資料によると、相続の場合は相続税評価額ではなく、被相続人の実際の取得価格を使用します。ただし、古い土地で取得価格が不明な場合は、概算取得費(売却価格の5%)を使用することができます。
(3) 共有相続の場合の譲渡所得按分
複数の相続人で土地を共有している場合、各自の持分割合に応じて譲渡所得を計算します。
計算例(兄弟2人で1/2ずつ共有):
- 売却価格:4,000万円
- 取得費:1,000万円
- 譲渡費用:200万円
- 譲渡所得:4,000万円 - 1,000万円 - 200万円 = 2,800万円
各自の譲渡所得:
- 兄:2,800万円 × 1/2 = 1,400万円
- 弟:2,800万円 × 1/2 = 1,400万円
それぞれが確定申告を行い、各自の譲渡所得に対して税金を納付します。
相続土地売却の特例制度
相続した土地を売却する際には、税負担を軽減できる特例があります。国税庁の資料によると、取得費加算の特例が最も重要です。
(1) 取得費加算の特例とは
相続税を支払った相続人が、相続税の申告期限から3年10ヶ月以内に相続財産を売却した場合、支払った相続税の一部を取得費に加算できる特例です。
特例の効果: 取得費が増えることで譲渡所得が減少し、譲渡所得税が軽減されます。
メリット:
- 相続税と譲渡所得税の二重課税を緩和
- 譲渡所得を大幅に減らせる可能性
- 相続税が高額だった場合ほど効果大
(2) 適用要件(相続税申告期限から3年10ヶ月以内)
取得費加算の特例を適用するには、以下の要件を満たす必要があります。
主な適用要件:
- 相続または遺贈により財産を取得した人であること
- その財産について相続税が課税されていること
- 相続税の申告期限の翌日から3年以内に売却すること
期限の計算例:
- 相続開始:令和6年1月15日
- 相続税申告期限:令和6年11月15日(相続開始から10ヶ月後)
- 特例適用期限:令和9年11月15日(申告期限から3年後)
合計で相続開始から約3年10ヶ月以内に売却する必要があります。この期限を過ぎると特例が適用できなくなるため、注意が必要です。
(3) 取得費加算の計算方法
取得費に加算できる相続税額は、以下の計算式で求めます。
取得費加算額 = 相続税額 × (売却した財産の相続税評価額 / 相続税の課税価格)
計算例:
- 相続税の総額:500万円
- 売却した土地の相続税評価額:3,000万円
- 相続税の課税価格(総額):1億円
- 取得費加算額:500万円 × (3,000万円 / 1億円) = 150万円
この150万円を取得費に加算できるため、譲渡所得が150万円減少します。
特例適用後の譲渡所得:
- 売却価格:4,000万円
- 取得費:1,000万円 + 150万円(取得費加算) = 1,150万円
- 譲渡費用:200万円
- 譲渡所得:4,000万円 - 1,150万円 - 200万円 = 2,650万円
特例を適用しない場合の譲渡所得2,800万円と比べて、150万円減少します。
譲渡所得の計算方法
相続した土地の譲渡所得は、以下の計算式で求めます。
(1) 相続時の取得費の考え方
国税庁の資料によると、相続により取得した土地の取得費は、被相続人の取得時期と取得価額を引き継ぎます。
取得費に含められるもの:
- 被相続人が購入した時の土地代金
- 被相続人が支払った購入時の仲介手数料
- 被相続人が支払った測量費・造成費
- 登記費用(登録免許税・司法書士報酬)
- 不動産取得税
- 取得費加算の特例により加算される相続税額
注意点: 相続税評価額や相続時の時価は、取得費には含まれません。あくまで被相続人が実際に支払った金額が取得費となります。
(2) 土地は減価償却なし
建物と異なり、土地は減価償却しません。
建物との違い:
- 建物:経年により価値が減少するため減価償却する
- 土地:経年による価値の減少がないため減価償却しない
そのため、被相続人が購入した時の金額をそのまま取得費として使用できます。
(3) 譲渡費用に含められる費用
譲渡費用は、売却のために直接かかった費用です。
譲渡費用に含められる主な費用:
- 売却時の仲介手数料
- 測量費(境界確定のため)
- 売買契約書の印紙税
- 立退料(賃借人がいた場合)
- 建物の取り壊し費用(売却のために取り壊した場合)
- 土地の造成費(売却のために造成した場合)
譲渡費用に含められないもの:
- 相続登記費用(売却のためではなく、相続のために必要な費用)
- 遺産分割協議費用
- 相続税申告費用
国税庁の資料によると、売却のために直接要した費用のみが譲渡費用として認められます。
(4) 取得費加算特例適用時の計算
取得費加算の特例を適用する場合の計算例を見てみましょう。
前提条件:
- 売却価格:4,000万円
- 被相続人の取得費:1,000万円
- 譲渡費用:200万円
- 取得費加算額:150万円
計算:
譲渡所得 = 4,000万円 - (1,000万円 + 150万円) - 200万円 = 2,650万円
この2,650万円に対して、所有期間に応じた税率が適用されます。
税率と所有期間の判定
譲渡所得税の税率は、所有期間により大きく異なります。相続の場合、被相続人の取得時から起算する点に注意が必要です。
(1) 短期譲渡所得(5年以下):税率39.63%
所有期間が5年以下の場合、短期譲渡所得として高い税率が適用されます。
税率内訳:
- 所得税:30.63%(復興特別所得税含む)
- 住民税:9%
- 合計:39.63%
税額例(譲渡所得2,650万円の場合):
税額 = 2,650万円 × 39.63% = 約1,050万円
(2) 長期譲渡所得(5年超):税率20.315%
所有期間が5年を超える場合、長期譲渡所得として低い税率が適用されます。
税率内訳:
- 所得税:15.315%(復興特別所得税含む)
- 住民税:5%
- 合計:20.315%
税額例(譲渡所得2,650万円の場合):
税額 = 2,650万円 × 20.315% = 約538万円
短期譲渡と比べて約512万円の差が出ます。
(3) 所有期間は被相続人の取得時から起算
相続の場合、国税庁の資料によると、所有期間は被相続人が取得した日から計算します。
計算例:
- 被相続人の取得日:平成30年7月1日
- 相続開始日:令和6年1月15日
- 売却日:令和7年3月1日
- 判定日:令和7年1月1日
- 所有期間:平成30年7月1日~令和7年1月1日 = 約6年6ヶ月
- 判定:5年超 → 長期譲渡所得
被相続人が5年以上前に取得していれば、相続後すぐに売却しても長期譲渡となります。
(4) 税率の違いによる影響
所有期間により税率が約2倍異なるため、売却時期の検討が重要です。
比較(譲渡所得2,650万円の場合):
- 短期譲渡(5年以下):約1,050万円
- 長期譲渡(5年超):約538万円
- 差額:約512万円
ただし、取得費加算の特例の期限(相続開始から3年10ヶ月)も考慮する必要があります。
確定申告の手続きと必要書類
相続した土地を売却した場合、翌年に確定申告が必要です。国税庁の資料に基づき、手続きと必要書類を解説します。
(1) 申告期限と申告先
申告期限: 売却した年の翌年2月16日から3月15日まで
申告先: 売却した年の1月1日時点の住所地を管轄する税務署
例: 令和7年中に売却 → 令和8年2月16日~3月15日に申告
(2) 確定申告書第三表の記入方法
譲渡所得は、確定申告書第一表・第二表に加えて、第三表(分離課税用)を使用します。
記載内容:
- 売却価格
- 取得費(被相続人の取得費 + 取得費加算額)
- 譲渡費用
- 譲渡所得金額
- 税額計算
国税庁の確定申告書等作成コーナーを利用すると、オンラインで作成できます。
(3) 必要書類一覧(相続税申告書の写し等)
基本的な必要書類:
- 確定申告書第一表・第二表・第三表
- 譲渡所得の内訳書(確定申告書付表兼計算明細書)
- 売買契約書のコピー(売却時)
- 被相続人の購入時の売買契約書のコピー
- 売却時の仲介手数料等の領収書
- 登記事項証明書(登記簿謄本)
相続関連の書類:
- 相続税申告書の写し
- 遺産分割協議書のコピー
- 戸籍謄本(相続関係を証明)
(4) 取得費加算特例適用時の添付書類
取得費加算の特例を適用する場合、以下の書類が追加で必要です。
追加書類:
- 相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書
- 相続税の申告書第11表・第14表のコピー
- 相続税の納税証明書
国税庁の資料によると、これらの書類により相続税の支払いと売却財産の関係を証明します。
相続登記と売却のタイミング
相続した土地を売却するには、事前に相続登記が必要です。法務省の資料によると、2024年4月から相続登記が義務化されました。
(1) 相続登記の義務化(2024年4月〜)
2024年4月1日から、相続登記が義務化されました。
義務化の内容:
- 相続により不動産を取得した相続人は、取得を知った日から3年以内に登記申請が必要
- 正当な理由なく登記しない場合、10万円以下の過料
- 2024年4月1日より前に相続した不動産も対象
売却前に必ず相続登記を完了させる必要があります。
(2) 登記手続きの流れ
相続登記は以下の流れで行います。
手続きの流れ:
- 遺産分割協議の実施(複数相続人の場合)
- 必要書類の収集(戸籍謄本・住民票等)
- 登記申請書の作成
- 法務局への申請
- 登記完了(1-2週間程度)
司法書士に依頼するのが一般的で、費用は5-10万円程度です。
(3) 相続税申告期限内売却のメリット
取得費加算の特例を活用するには、相続税申告期限から3年以内の売却が有利です。
スケジュール例:
- 相続開始:令和6年1月15日
- 相続登記完了:令和6年5月(4ヶ月後)
- 売却開始:令和6年6月
- 売却完了:令和7年3月(相続開始から約1年2ヶ月)
- 特例期限:令和9年11月(余裕あり)
早めに登記を完了させ、余裕を持って売却することで、特例を確実に適用できます。
(4) 取得費不明時の概算取得費(5%)のリスク
被相続人が購入した時の契約書等が見つからず、取得費が不明な場合、売却価格の5%を概算取得費として使用できます。
概算取得費のリスク:
- 税負担が大幅に増える
- 実際の取得費より低くなることが多い
計算例(売却価格4,000万円の場合):
概算取得費適用時:
取得費 = 4,000万円 × 5% = 200万円
譲渡所得 = 4,000万円 - 200万円 - 200万円(譲渡費用) = 3,600万円
税額(長期) = 3,600万円 × 20.315% = 約731万円
実際の取得費1,000万円の場合:
譲渡所得 = 4,000万円 - 1,000万円 - 200万円 = 2,800万円
税額(長期) = 2,800万円 × 20.315% = 約569万円
差額は約162万円にもなります。可能な限り被相続人の購入時の契約書を探すことをお勧めします。
相続した土地を売却する際には、被相続人の取得費と取得時期を引き継ぎ、取得費加算の特例を活用することで税負担を軽減できます。相続登記は義務化されているため早めに完了させ、相続税申告期限から3年以内の売却を目指しましょう。取得費が不明な場合は概算取得費5%を使用できますが、税負担が大きくなるため、可能な限り購入時の契約書を探すことが重要です。