相続戸建て売却の税務基礎知識
相続した戸建てを売却する場合、被相続人の取得費・取得時期を引き継ぐため、通常の不動産売却とは異なる税務処理が必要です。また、取得費加算の特例や空き家特例など、相続不動産特有の節税制度を活用することで、税負担を大幅に軽減できる可能性があります。
この記事の重要ポイント
- 相続した戸建ての取得費は被相続人が購入した時の価格を引き継ぐ(減価償却も被相続人の取得時から起算)
- 取得費加算の特例により、相続税の一部を取得費に加算でき、相続税申告期限から3年10ヶ月以内の売却が条件
- 空き家特例により最大3,000万円控除可能だが、昭和56年5月31日以前建築・耐震基準適合など厳格な要件がある
- 2024年4月から相続登記が義務化され、売却前に名義変更が必須
- 確定申告は譲渡した年の翌年2月16日~3月15日に行う
(1) 相続税評価額と売却価格の違い
相続税評価額と売却価格(時価)は異なるため、混同しないよう注意が必要です。
項目 | 相続税評価額 | 売却価格(時価) |
---|---|---|
目的 | 相続税の計算 | 譲渡所得税の計算 |
算定方法 | 路線価方式・倍率方式 | 市場での取引価格 |
金額の目安 | 時価の70-80%程度 | 市場価格 |
使用場面 | 相続税申告 | 売買契約・譲渡所得申告 |
相続税評価額が低くても、売却価格が高ければ譲渡所得が発生し、課税される可能性があります。
(2) 被相続人の取得費・取得時期の引継ぎ
国税庁の「譲渡所得の計算のしかた」によると、相続により取得した財産の取得費は、被相続人が取得した時の価格を引き継ぎます。
取得費の引継ぎ例
- 被相続人が30年前に2,000万円で購入した戸建て
- 相続時の相続税評価額:1,500万円
- 売却価格:3,000万円
取得費は被相続人の購入価格2,000万円(減価償却後)を使用します。相続税評価額1,500万円ではありません。
所有期間の判定
短期譲渡所得・長期譲渡所得の判定も、被相続人の取得時期から起算します。被相続人が5年超保有していれば、相続後すぐに売却しても長期譲渡所得(税率20.315%)となります。
(3) 共有相続の場合の譲渡所得按分
複数の相続人で共有相続した戸建てを売却する場合、譲渡所得は各相続人の相続分(持分)に応じて按分します。
按分計算の例
- 売却価格:5,000万円
- 取得費:2,000万円(建物減価償却後)
- 譲渡費用:200万円
- 相続人:長男50%・次男50%
譲渡所得 = 5,000万円 - 2,000万円 - 200万円 = 2,800万円
長男の譲渡所得 = 2,800万円 × 50% = 1,400万円
次男の譲渡所得 = 2,800万円 × 50% = 1,400万円
各相続人が特別控除を適用できれば、この例では非課税となります。
相続不動産売却の特例制度
(1) 取得費加算の特例とは
国税庁の「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」によると、相続税を支払った場合、その一部を取得費に加算できる制度があります。これにより譲渡所得が減少し、税負担が軽減されます。
特例のメリット
- 相続税の一部を取得費に加算できる
- 譲渡所得が減少し、譲渡所得税が安くなる
- 相続税と譲渡所得税の二重課税を緩和する制度
(2) 適用要件と計算方法
適用要件
- 相続または遺贈により財産を取得したこと
- その財産について相続税が課税されたこと
- 相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日までに譲渡すること(相続開始から約3年10ヶ月以内)
計算式
取得費に加算する相続税額 = 相続税額 × (譲渡した財産の相続税評価額 / 相続税の課税価格)
計算例
- 支払った相続税額:500万円
- 売却した戸建ての相続税評価額:2,000万円
- 相続税の課税価格(総額):1億円
取得費に加算する相続税額 = 500万円 × (2,000万円 / 1億円) = 100万円
この100万円を取得費に加算できるため、譲渡所得が100万円減少します。
(3) 申告期限(相続税申告から3年10ヶ月)
取得費加算の特例は、相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)の翌日から3年以内の売却が条件です。つまり、相続開始から約3年10ヶ月以内に売却する必要があります。
この期限を過ぎると特例を適用できないため、売却タイミングの計画が重要です。
譲渡所得の計算方法
(1) 相続時の取得費の考え方
相続した戸建ての取得費は、被相続人が購入した時の価格を使用します。
取得費に含まれる費用
- 被相続人の購入代金
- 被相続人が支払った購入時の仲介手数料
- 被相続人が支払った購入時の登記費用
- 被相続人が実施した増改築費用
取得費が不明な場合
被相続人の購入時の契約書が見つからない場合、**概算取得費(売却価額×5%)**を使用できます。ただし、実際の取得費が証明できれば、そちらを使用した方が税負担を軽減できます。
(2) 減価償却の計算(被相続人の取得時から起算)
建物部分の減価償却は、被相続人が取得した時から起算して計算します。
減価償却費の計算方法(定額法)
減価償却費累計額 = 建物取得価額 × 0.9 × 償却率 × 経過年数
経過年数は、被相続人の取得時から売却時までの年数です。
計算例
木造戸建て(被相続人が30年前に建物価格1,500万円で取得)の場合:
減価償却費累計額 = 1,500万円 × 0.9 × 0.031(木造の償却率)× 30年 = 1,253.5万円
取得費(建物) = 1,500万円 - 1,253.5万円 = 246.5万円
(3) 譲渡費用に含められる費用
譲渡費用は、売却のために直接かかった費用です。
譲渡費用に含まれる費用
- 売却時の仲介手数料
- 売却時の測量費用・境界確定費用
- 建物解体費用(更地渡しの場合)
- 売買契約書の印紙代
- 遺品整理費用(売却のために実施した場合)
譲渡費用に含まれない費用
- 相続登記の費用(相続に伴う費用のため)
- 相続税(相続に伴う税金のため)
- 修繕費・固定資産税(売却前の維持費用)
(4) 短期・長期譲渡所得の判定
短期譲渡所得・長期譲渡所得の判定は、被相続人の取得時期から起算します。
所有期間による税率の違い
所有期間 | 税率(所得税+住民税) | 判定基準 |
---|---|---|
5年以下(短期譲渡所得) | 39.63% | 被相続人の取得時から起算 |
5年超(長期譲渡所得) | 20.315% | 被相続人の取得時から起算 |
被相続人が5年超保有していれば、相続後すぐに売却しても長期譲渡所得となります。
適用できる特別控除
(1) 3,000万円特別控除(自宅として居住していた場合)
国税庁の「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円特別控除」によると、相続人が自宅として居住していた戸建てを売却する場合、3,000万円控除を適用できます。
適用要件
- 相続人自身が居住用財産として使用していたこと
- 売却した年の前年・前々年にこの特例を受けていないこと
- 売却先が配偶者や直系血族でないこと
- 住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること
(2) 被相続人の居住用財産の特例(空き家の特例)
国税庁の「相続した空き家を売却した場合の特別控除」によると、被相続人が一人暮らしをしていた戸建てを相続後に売却する場合、最大3,000万円控除を適用できます。
適用要件(主なもの)
- 被相続人が一人暮らしをしていた
- 昭和56年5月31日以前に建築された建物
- 建物が耐震基準に適合している(または更地渡し)
- 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却
- 売却価格が1億円以下
(3) 空き家特例の適用要件(昭和56年5月以前建築・耐震基準)
空き家特例は厳格な要件があり、適用できないケースも多いです。
要件の詳細
建築時期: 昭和56年5月31日以前に建築された建物(旧耐震基準)
耐震基準適合: 以下のいずれかが必要
- 耐震基準適合証明書を取得
- 建物を取り壊して更地で売却
居住要件: 被相続人が相続開始直前まで一人暮らしをしていたこと
- 老人ホームに入所していた場合も、一定要件を満たせば適用可能
売却期限: 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日まで
売却価格: 1億円以下
市区町村からの確認書: 空き家特例の適用要件を満たすことを証明する「被相続人居住用家屋等確認書」を市区町村から取得する必要があります。
確定申告の手続きと必要書類
(1) 申告期限と申告先
確定申告は、譲渡した年の翌年2月16日~3月15日に行います。申告先は、譲渡した年の1月1日時点の住所地を管轄する税務署です。
(2) 確定申告書第三表の記入方法
国税庁の「確定申告に必要な書類」によると、譲渡所得の申告には**確定申告書第三表(分離課税用)**を使用します。
第三表の主な記入欄
- 譲渡価額(売却価格)
- 取得費(被相続人の購入価格 - 減価償却費 + 取得費加算額)
- 譲渡費用(仲介手数料等)
- 特別控除額(3,000万円控除等)
- 課税譲渡所得金額
(3) 必要書類一覧(戸籍謄本・遺産分割協議書等)
確定申告時に提出・添付する書類は以下の通りです。
必須書類
- 確定申告書(第一表・第二表・第三表)
- 譲渡所得の内訳書(確定申告書付表兼計算明細書)
- 売買契約書のコピー(被相続人の購入時・売却時の両方)
- 登記事項証明書(登記簿謄本)
相続関連の書類
- 戸籍謄本(被相続人と相続人の関係を証明)
- 遺産分割協議書(共有相続の場合)
(4) 特例適用時の添付書類
取得費加算の特例を適用する場合
- 相続税の申告書のコピー
- 相続税の納付書のコピー
- 譲渡した財産の明細書
空き家特例を適用する場合
- 被相続人居住用家屋等確認書(市区町村が発行)
- 耐震基準適合証明書または建物の取壊し証明書
- 売買契約書のコピー(売却価格が1億円以下であることを証明)
相続登記と売却のタイミング
(1) 相続登記の義務化(2024年4月〜)
法務省の資料によると、2024年4月から相続登記が義務化されました。相続開始を知った日から3年以内に相続登記をしないと、10万円以下の過料が課される可能性があります。
義務化のポイント
- 相続開始から3年以内に登記が必要
- 正当な理由なく登記しない場合、10万円以下の過料
- 売却前に相続登記が必須(登記なしでは売買契約できない)
(2) 登記手続きの流れ
相続登記の手続きは以下の通りです。
- 遺産分割協議(複数相続人の場合)
- 必要書類の収集(戸籍謄本・住民票・固定資産税評価証明書等)
- 登記申請書の作成
- 法務局への申請
- 登記完了(1-2週間程度)
司法書士に依頼すると、書類収集から申請まで代行してもらえます(報酬5-10万円程度)。
(3) 相続税申告期限内売却のメリット
相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)内に売却すると、以下のメリットがあります。
- 取得費加算の特例の期限(相続開始から約3年10ヶ月)に余裕がある
- 相続税の納税資金を売却代金で賄える
- 遺産分割協議が早期にまとまる動機になる
(4) 遺産分割協議未了での売却制約
遺産分割協議が未了の場合、法定相続分での共有登記をしてから売却することになります。この場合、全相続人の同意が必要で、売却手続きが複雑化します。
早期に遺産分割協議をまとめ、特定の相続人への単独登記または共有登記を完了させることが推奨されます。
まとめ
相続した戸建てを売却する場合、被相続人の取得費・取得時期を引き継ぐため、通常の不動産売却とは異なる税務処理が必要です。**取得費加算の特例(相続税申告期限から3年10ヶ月以内)や空き家特例(昭和56年5月以前建築・耐震基準適合など厳格な要件)**を活用することで、税負担を大幅に軽減できる可能性があります。
2024年4月から相続登記が義務化され、売却前に名義変更が必須となりました。相続開始から3年以内に登記しないと過料の対象となるため、早めの手続きが重要です。確定申告は譲渡した年の翌年2月16日~3月15日に行い、必要書類を揃えて税務署に提出します。
税務処理は複雑なため、税理士や司法書士に相談することで、正確な申告と節税アドバイスが受けられます。特に取得費加算の特例や空き家特例の適用判断は専門的な知識が必要なため、専門家の助言が推奨されます。