相続マンション売却時の控除・特例の全体像
相続により親のマンションを引き継いだ場合、適切な税制優遇を活用すれば、譲渡所得税や相続税の負担を大きく軽減できます。本記事では、相続マンション売却時に使える控除・特例を実務視点で解説します。
本記事の要点
- 取得費加算の特例は相続税申告期限から3年10ヶ月以内の売却が条件
- 3,000万円特別控除は相続人自身が居住していた場合に適用可能
- 空き家特例はマンション(区分所有建物)は対象外
- 取得費加算と3,000万円控除は併用不可、有利な方を選択
- 売却タイミングの最適化が節税の鍵
(1) 相続不動産特有の税制優遇措置
相続マンションを売却する際、以下の税制優遇措置を活用できます。
特例名 | 効果 | 主な条件 |
---|---|---|
取得費加算の特例 | 相続税額の一部を取得費に加算 | 相続税申告期限から3年10ヶ月以内 |
3,000万円特別控除 | 譲渡所得から最高3,000万円控除 | 居住用財産、居住実態 |
所有期間10年超の軽減税率 | 6,000万円以下の部分に14.21% | 所有期間10年超、居住用財産 |
(2) 居住用・非居住用による適用の違い
相続マンションの税制優遇は、居住用か非居住用かにより適用できる特例が異なります。
居住用(相続人自身が居住していた場合):
- 3,000万円特別控除の適用可能
- 所有期間10年超なら軽減税率と併用可能
- 取得費加算との選択適用
非居住用(被相続人のみ居住、相続人は非居住):
- 取得費加算の特例のみ適用可能
- 3,000万円特別控除は適用不可
- 空き家特例はマンションは対象外
2. 相続税額の取得費加算の特例
相続税を支払った方が、相続不動産を一定期間内に売却した場合に適用できる特例です。
(1) 取得費加算の特例とは
取得費加算の特例は、相続税の申告期限から3年10ヶ月以内に相続不動産を売却した場合、支払った相続税額の一部を不動産の取得費に加算できる制度です。
効果:
- 取得費が増えることで、譲渡所得(売却益)が減少
- 結果として、譲渡所得税の負担が軽減される
(2) 適用要件(相続税申告期限から3年10ヶ月以内)
取得費加算の特例を適用するには、以下の要件を満たす必要があります。
主な要件:
- 相続または遺贈により財産を取得した者であること
- その財産について相続税が課税されたこと
- 相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)から3年以内に譲渡すること
期限の計算:
- 相続開始: 2024年1月1日
- 相続税申告期限: 2024年11月1日
- 取得費加算の売却期限: 2027年11月1日まで(3年10ヶ月以内)
(3) 計算方法と節税効果
取得費に加算できる相続税額は、以下の計算式で求めます。
加算額 = 相続税額 × (相続財産全体のうち譲渡した不動産の相続税評価額 / 相続財産全体の相続税評価額)
計算例:
- 相続税額: 500万円
- 相続財産全体の評価額: 5,000万円
- マンションの評価額: 2,000万円
- 加算額: 500万円 × (2,000万円 / 5,000万円) = 200万円
この200万円を取得費に加算することで、譲渡所得が200万円減少し、約40万円(200万円×20.315%)の節税効果があります。
(4) 3,000万円控除との選択
取得費加算の特例と3,000万円特別控除は併用できません。どちらか有利な方を選択します。
選択基準は後述の「複数特例の併用・選択基準」で詳しく解説します。
3. 3,000万円特別控除の適用条件
居住用財産を売却した場合、譲渡所得から最高3,000万円まで控除できる特例です。
(1) 相続物件での適用条件
相続マンションで3,000万円特別控除を適用するには、以下の要件を満たす必要があります。
主な要件:
- 自己の居住用財産であること(相続人自身が居住していた)
- 住まなくなってから3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却
- 親族等への譲渡でないこと
- 過去2年間に同特例を受けていないこと
出典: 居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除|国税庁
(2) 居住実態の要件
3,000万円特別控除を適用するには、相続人自身が実際に居住していた実態が必要です。
適用できるケース:
- 親と同居していた相続人が、親の死後も引き続き居住
- 親の死後、相続人が引っ越して居住(一定期間の居住実態が必要)
適用できないケース:
- 被相続人(親)のみ居住、相続人は一度も居住していない
- 相続後、賃貸に出していた
(3) 所有期間10年超の軽減税率との併用
所有期間が10年を超える居住用財産を売却した場合、軽減税率の特例を3,000万円控除と併用できます。
軽減税率:
- 6,000万円以下の部分: 14.21%(所得税10.21%+住民税4%)
- 6,000万円超の部分: 20.315%(通常の長期税率)
計算手順:
- 譲渡所得から3,000万円を控除
- 残りの譲渡所得6,000万円以下の部分に軽減税率14.21%を適用
出典: 所有期間10年超の居住用財産を譲渡した場合の軽減税率|国税庁
(4) 相続人自身が居住していた場合
相続人自身が居住していた場合、3,000万円控除の適用により、譲渡益が3,000万円以下なら譲渡所得税は非課税になります。
計算例:
- 売却価格: 4,000万円
- 取得費: 1,500万円
- 譲渡費用: 200万円
- 譲渡所得: 4,000万円 - 1,500万円 - 200万円 = 2,300万円
- 3,000万円控除後: 0円(非課税)
4. 空き家特例のマンション適用可否
相続した空き家を売却した場合の特例について、マンションへの適用可否を解説します。
(1) 空き家特例の基本
空き家特例(被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除)は、相続した空き家(旧耐震基準)を売却または耐震リフォーム後に売却した場合、3,000万円の特別控除が適用される制度です。
出典: 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例|国税庁
(2) マンション(区分所有建物)は対象外
重要: 空き家特例は、マンション(区分所有建物)は対象外です。
対象となる建物:
- 一戸建て
- 一棟マンション(区分所有建物でない場合)
対象外:
- マンション(区分所有建物)
- 二世帯住宅で登記が分かれている場合
(3) 一棟マンションの場合の取扱い
一棟マンション(賃貸アパート等)を相続した場合、区分所有建物でなければ空き家特例の対象となる可能性があります。
ただし、以下の要件を満たす必要があります。
- 被相続人が一人で居住していた(賃貸に出していない)
- 1981年5月31日以前に建築された建物(旧耐震基準)
- 売却時に耐震リフォームを実施、または更地にして売却
(4) 戸建て・一戸建てとの違い
戸建て・一戸建ての場合は、空き家特例の適用が可能です。
相続マンションで空き家特例が使えない場合の代替策:
- 取得費加算の特例(3年10ヶ月以内の売却)
- 3,000万円特別控除(相続人自身が居住していた場合)
5. 複数特例の併用・選択基準
複数の特例がある場合、どれを選択すべきか判断基準を解説します。
(1) 取得費加算と3,000万円控除の併用不可
取得費加算の特例と3,000万円特別控除は併用できません。どちらか一方を選択します。
(2) どちらの特例が有利か判断基準
3,000万円控除が有利なケース:
- 譲渡所得が3,000万円以下(完全非課税になる)
- 所有期間10年超で軽減税率と併用したい
- 相続人自身が居住していた
取得費加算が有利なケース:
- 譲渡所得が3,000万円を大きく超える
- 相続税を多額に支払った(加算額が大きい)
- 相続人自身が居住していない(3,000万円控除が使えない)
計算例で比較:
- 譲渡所得: 5,000万円
- 取得費加算額: 500万円
- 所有期間: 12年
取得費加算を選択:
- 譲渡所得: 5,000万円 - 500万円 = 4,500万円
- 税額: 4,500万円 × 20.315% = 約914万円
3,000万円控除+軽減税率を選択:
- 3,000万円控除後: 2,000万円
- 税額: 2,000万円 × 14.21% = 約284万円
このケースでは3,000万円控除+軽減税率が約630万円有利です。
(3) 所有期間10年超の軽減税率との組み合わせ
所有期間10年超の場合、以下の組み合わせが可能です。
可能な組み合わせ:
- 3,000万円控除 + 軽減税率(併用可能)
- 取得費加算のみ(軽減税率は併用不可)
所有期間10年超なら、3,000万円控除+軽減税率の組み合わせが有利なケースが多くなります。
(4) 節税額シミュレーション
具体的な数値でシミュレーションし、最適な選択を判断しましょう。
税理士に試算を依頼することで、正確な比較ができます。
6. 控除・特例を最大化する実践策
控除・特例を最大限に活用するための実践策を解説します。
(1) 売却タイミングの最適化(3年以内)
取得費加算の特例を使う場合:
- 相続税申告期限から3年10ヶ月以内に売却
3,000万円控除を使う場合:
- 居住しなくなってから3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却
期限を過ぎると特例が適用できなくなるため、早期売却の検討が重要です。
(2) 取得費不明時の対応
相続マンションの取得費が不明な場合、以下の対応があります。
概算取得費:
- 売却価格の5%を取得費として計上可能
実額取得費の証明:
- 購入時の契約書、領収書を探す
- 不動産会社に過去の取引記録を照会
- 金融機関にローン契約書を照会
実額取得費を証明できれば、大幅な節税につながります。
(3) 専門家への相談推奨事項
以下のケースでは、税理士への相談を推奨します。
- 複数の特例のどれを選ぶべきか判断が難しい
- 取得費加算の計算が複雑
- 相続税を多額に支払った
- 所有期間10年超で軽減税率との併用を検討
(4) 確定申告の手続き
特例を適用するには、確定申告が必須です。
申告期限:
- 売却した年の翌年2月16日~3月15日
必要書類:
- 確定申告書第三表(分離課税用)
- 譲渡所得の内訳書
- 売買契約書のコピー
- 登記事項証明書
- 相続税申告書のコピー(取得費加算を使う場合)
- 相続税の納付書のコピー
まとめ
相続マンション売却時には、適切な控除・特例を選択することで、大きな節税効果を得られます。以下のポイントを押さえておきましょう。
- 取得費加算の特例は相続税申告期限から3年10ヶ月以内の売却が条件
- 3,000万円特別控除は相続人自身が居住していた場合に適用可能
- 空き家特例はマンション(区分所有建物)は対象外
- 取得費加算と3,000万円控除は併用不可、有利な方を選択
- 所有期間10年超なら3,000万円控除+軽減税率が有利なケース多い
相続マンション売却は複雑な税務処理が必要なため、税理士への事前相談で、最適な特例を選択し、最大限の節税効果を得られます。