相続土地売却の控除・特例|取得費加算と空き家特別控除

公開日: 2025/10/14

相続した土地を売却する際に活用できる税制優遇

親族から相続した土地を売却する際には、相続税と譲渡所得税の両方が関係するため、税務上の取り扱いが複雑になります。しかし、相続土地の売却には複数の特例が用意されており、適切に活用することで税負担を大幅に軽減できます。

本記事では、相続した土地の売却時に利用できる控除・特例の全体像と、それぞれの適用要件、選択のポイントを網羅的に解説します。

この記事でわかること

  • 相続土地売却時に適用できる主な控除・特例の種類
  • 相続税の取得費加算の特例の仕組みと計算方法
  • 空き家の3,000万円特別控除の適用要件
  • 譲渡所得税の計算方法と取得費の引き継ぎルール
  • 相続税申告期限と特例適用期限の関係
  • 相続登記の義務化と売却タイミング

1. 相続した土地売却と控除・特例の基本

(1) 相続土地の税制概要

相続した土地を売却する際には、以下の2種類の税金が関係します。

1. 相続税(相続時):

  • 相続財産の総額が基礎控除(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人数)を超える場合に課税
  • 申告期限は相続開始から10ヶ月以内

2. 譲渡所得税(売却時):

  • 売却価格から取得費と譲渡費用を差し引いた譲渡所得に課税
  • 相続で取得した場合、被相続人が取得した時期と金額を引き継ぐ

(2) 適用できる控除・特例一覧

相続した土地を売却する際には、以下の特例を選択できます。

特例 効果 適用期限 主な要件
相続税の取得費加算 相続税の一部を取得費に加算 相続開始から3年10ヶ月以内 相続税を納付していること
空き家の3,000万円特別控除 最高3,000万円控除 相続開始から3年10ヶ月以内 昭和56年5月31日以前の建物
低未利用土地の100万円特別控除 最高100万円控除 期限なし 売却価格500万円以下

重要: 取得費加算の特例と空き家の3,000万円特別控除は併用できません。

(3) 取得費と所有期間の引き継ぎ

相続で取得した土地の場合、被相続人(亡くなった方)の取得時期と取得費を引き継ぎます。

具体例:

  • 被相続人の取得日: 1990年1月1日
  • 被相続人の取得費: 1,000万円
  • 相続開始日: 2024年1月1日
  • 売却日: 2024年12月1日

所有期間の判定:

  • 2024年1月1日時点で34年 → 長期譲渡所得(税率20.315%)

取得費:

  • 被相続人の取得費1,000万円を引き継ぐ

2. 相続税の取得費加算の特例

(1) 特例の仕組みと適用要件

国税庁の「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」によれば、相続税を支払った場合、その一部を譲渡所得の取得費に加算できます。

適用要件:

  • 相続または遺贈により財産を取得したこと
  • その財産について相続税を支払ったこと
  • 相続開始日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すること

これを「相続開始から3年10ヶ月以内」と呼びます。

(2) 3年10ヶ月以内の売却が必要な理由

期限の計算:

  • 相続開始日: 2024年1月15日
  • 相続税申告期限: 2024年11月15日(相続開始から10ヶ月)
  • 特例の売却期限: 2027年11月15日(申告期限の翌日から3年)

具体例:

  • 相続開始: 2024年1月15日
  • 売却期限: 2027年11月15日

この期限を過ぎると、取得費加算の特例は適用できなくなります。

(3) 加算できる相続税額の計算方法

取得費に加算できる相続税額は、以下の計算式で算出します。

取得費加算額 = 支払った相続税額 × (売却した財産の相続税評価額 / 相続財産の総額)

具体例:

  • 相続財産の総額: 1億円
  • 相続税額: 1,500万円
  • 売却した土地の相続税評価額: 4,000万円

取得費加算額 = 1,500万円 × (4,000万円 / 1億円) = 600万円

この600万円を取得費に加算することで、譲渡所得を減らし、税負担を軽減できます。

税負担軽減の効果:

  • 譲渡所得: 3,000万円
  • 取得費加算なし: 3,000万円 × 20.315% = 約609万円
  • 取得費加算600万円適用後: 2,400万円 × 20.315% = 約488万円
  • 軽減額: 約121万円

3. 空き家の3,000万円特別控除

(1) 特例の要件(昭和56年5月31日以前建築等)

国税庁の「相続した空き家を売ったときの3,000万円特別控除の特例」によれば、以下の要件を満たす場合に適用されます。

建物の要件:

  • 昭和56年5月31日以前に建築された建物(旧耐震基準)
  • 区分所有建物(マンション等)でないこと
  • 相続開始直前に被相続人が1人で居住していたこと

売却の要件:

  • 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却
  • 売却価格が1億円以下
  • 耐震基準に適合するようリフォームするか、建物を解体して売却

土地のみの売却:

  • 建物を解体して更地にして売却する場合も適用可能
  • 解体費用は譲渡費用として譲渡所得から差し引ける

(2) 取得費加算の特例との選択

空き家の3,000万円特別控除と取得費加算の特例は併用できません。どちらが有利か判断する必要があります。

選択の基準:

空き家の3,000万円特別控除が有利なケース:

  • 譲渡益が3,000万円以下(課税がゼロになる)
  • 相続税額が少ない(取得費加算額が小さい)

取得費加算の特例が有利なケース:

  • 譲渡益が3,000万円を大きく超える
  • 相続税額が高額(取得費加算額が大きい)

比較計算の例:

  • 譲渡益: 5,000万円
  • 取得費加算額: 600万円の場合

空き家の3,000万円特別控除を選択:

  • 課税所得: 5,000万円 - 3,000万円 = 2,000万円
  • 税額: 2,000万円 × 20.315% = 約406万円

取得費加算を選択:

  • 課税所得: 5,000万円 - 600万円 = 4,400万円
  • 税額: 4,400万円 × 20.315% = 約894万円

この例では空き家の3,000万円特別控除の方が有利です。

(3) 必要書類と手続き

空き家の3,000万円特別控除を適用するには、以下の書類が必要です。

必要書類:

  • 被相続人居住用家屋等確認書(市区町村が発行)
  • 耐震基準適合証明書または建物取壊し証明書
  • 売買契約書のコピー
  • 登記事項証明書
  • 住民票(被相続人が1人で居住していたことを証明)

4. 譲渡所得税の計算方法

(1) 基本的な計算式

国税庁の「譲渡所得の計算のしかた(土地や建物を譲渡したとき)」によれば、譲渡所得は以下の計算式で算出します。

譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用)

具体例:

  • 売却価格: 6,000万円
  • 取得費: 1,500万円(被相続人が取得した際の金額)
  • 譲渡費用: 200万円(仲介手数料、測量費等)

譲渡所得 = 6,000万円 - (1,500万円 + 200万円) = 4,300万円

(2) 取得費の引き継ぎ(取得費不明の場合)

相続した土地の取得費は、被相続人が取得した際の金額を引き継ぎます。

取得費が不明な場合:

  • 概算取得費(売却価格の5%)を使用できる

具体例:

  • 売却価格: 6,000万円
  • 概算取得費: 6,000万円 × 5% = 300万円
  • 譲渡費用: 200万円

譲渡所得 = 6,000万円 - (300万円 + 200万円) = 5,500万円

注意: 概算取得費を使うと、実際の取得費より低くなることが多く、譲渡所得が大きくなり税負担が重くなります。被相続人の購入時の契約書や領収書を探すことが重要です。

(3) 所有期間と税率

所有期間により税率が異なります。相続の場合、被相続人が取得した日から計算します。

長期譲渡所得(5年超):

  • 税率: 20.315%(所得税15.315% + 住民税5%)

短期譲渡所得(5年以下):

  • 税率: 39.63%(所得税30.63% + 住民税9%)

判定時期:

  • 譲渡した年の1月1日時点で判定

相続直後に売却しても、被相続人の所有期間が5年超であれば長期譲渡所得として扱われます。

5. 相続土地売却で注意すべきリスクと期限

(1) 相続税申告期限(10ヶ月)

相続税の申告期限は、相続開始日から10ヶ月以内です。

スケジュール:

  • 相続開始~3ヶ月: 遺産分割協議、相続財産の調査
  • 3~10ヶ月: 相続税の計算、申告・納税

相続税を納付しないと、取得費加算の特例が適用できません。

(2) 相続登記の義務化(2024年4月施行)

2024年4月から相続登記が義務化されました。

義務の内容:

  • 相続開始を知った日から3年以内に登記申請
  • 正当な理由なく登記しない場合、10万円以下の過料

売却との関係:

  • 売却には相続登記が必須(名義が被相続人のままでは売却できない)
  • 早めに相続登記を完了させることで、売却をスムーズに進められる

(3) 特例の併用可否

相続土地売却時の特例には、併用制限があります。

併用できない組み合わせ:

  • 取得費加算の特例 × 空き家の3,000万円特別控除

併用できる組み合わせ:

  • 低未利用土地の100万円特別控除 × 取得費加算の特例(要確認)

6. 確定申告の手続きと必要書類

(1) 確定申告の期限と方法

土地を売却した場合、確定申告が必要です。

申告期限:

  • 売却した年の翌年2月16日~3月15日

申告方法:

  • 税務署の窓口で提出
  • 郵送で提出
  • e-Taxで電子申告

(2) 必要書類一覧

基本的な書類:

  • 確定申告書(分離課税用)
  • 譲渡所得の内訳書
  • 売買契約書のコピー(購入時・売却時)
  • 仲介手数料の領収書
  • 登記事項証明書

取得費加算の特例適用時に追加で必要な書類:

  • 相続税申告書の控え
  • 相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書

空き家の3,000万円特別控除適用時に追加で必要な書類:

  • 被相続人居住用家屋等確認書(市区町村発行)
  • 耐震基準適合証明書または建物取壊し証明書

(3) 税理士への相談

以下のような場合は、税理士への相談を推奨します。

税理士相談が推奨されるケース:

  • 譲渡益が3,000万円前後で、どちらの特例が有利か判断に迷う
  • 相続税額が高額で、取得費加算額の計算が複雑
  • 複数の相続人がいて権利関係が複雑
  • 取得費が不明で概算取得費を使う必要がある
  • 農地や山林など特殊な土地を売却する

税理士報酬は一般に15万円~30万円程度ですが、適切な特例選択により数百万円の税負担軽減が実現することもあります。

まとめ

相続した土地を売却する際には、複数の控除・特例が用意されており、適切に活用することで税負担を大幅に軽減できます。

特に以下の点を押さえておきましょう。

  • 相続税の取得費加算の特例は相続開始から3年10ヶ月以内の売却が要件
  • 空き家の3,000万円特別控除は昭和56年5月31日以前の建物が対象
  • 両特例は併用不可。譲渡益と相続税額により有利な方を選択
  • 相続した土地の取得費と所有期間は被相続人から引き継ぐ
  • 2024年4月から相続登記が義務化され、3年以内の登記が必要
  • 確定申告は売却した年の翌年2月16日~3月15日

税務上の判断は個別のケースにより異なるため、税理士に相談して最適な戦略を立てることを強く推奨します。

よくある質問

Q1相続した土地を売却する場合、いつまでに売れば相続税の取得費加算の特例が使えますか?

A1相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)の翌日から3年以内に売却する必要があります。合計で相続開始から3年10ヶ月以内です。例えば、2024年1月15日に相続が開始した場合、売却期限は2027年11月15日となります。この期限を過ぎると特例は使えなくなるため、早めの売却判断が重要です。

Q2取得費加算の特例と空き家の3,000万円特別控除はどちらを選ぶべきですか?

A2譲渡益の額と相続税額により異なります。譲渡益が3,000万円以下なら空き家の3,000万円特別控除で課税がゼロになるため有利です。譲渡益が3,000万円を大きく超え、相続税額も高額な場合は、取得費加算の特例が有利な場合もあります。両特例は併用できないため、個別に試算して比較することを推奨します。税理士に相談して最適な選択を判断しましょう。

Q3相続した土地の取得費が分からない場合、どうすればいいですか?

A3被相続人の取得費を引き継ぎますが、不明な場合は売却価格の5%を概算取得費として計算できます。ただし、実際の取得費より低くなることが多く、譲渡所得が大きくなり税負担が重くなる可能性があります。被相続人の購入時の契約書、領収書、登記費用の領収書などを探すことが重要です。どうしても見つからない場合は、概算取得費を使用することになります。

Q4相続した土地の所有期間はいつから計算しますか?

A4被相続人が取得した日から計算します。相続開始日ではありません。被相続人の所有期間が5年超なら長期譲渡所得として低い税率(20.315%)が適用されます。所有期間の判定は譲渡した年の1月1日時点で行うため、被相続人が長期間所有していた土地であれば、相続直後に売却しても長期譲渡所得となり、税率面で有利です。

Q52024年4月から相続登記が義務化されたと聞きましたが、売却に影響はありますか?

A5相続登記なしでは売却できません。相続開始を知った日から3年以内に登記しないと10万円以下の過料の対象となります。売却を検討する場合は、早めに相続登記を完了させる必要があります。複数の相続人がいる場合は遺産分割協議を経て登記する必要があるため、スケジュールに余裕を持って進めることが重要です。

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