相続戸建て売却で利用できる控除・特例の全体像
相続した戸建てを売却する際は、通常の不動産売却とは異なる税務上の特例が利用できます。空き家特例・居住用財産の3,000万円特別控除・取得費加算の特例など、複数の選択肢があり、状況に応じて最適な方法を選ぶことで税負担を大幅に軽減できます。
この記事でわかること(結論要約)
- 空き家特例は相続開始から3年10ヶ月以内の売却で最高3,000万円控除(旧耐震は耐震基準適合または解体が必要)
- 相続後に居住した場合は通常の3,000万円特別控除を適用可能
- 相続税を支払った場合、取得費加算の特例で税負担軽減(相続開始から3年10ヶ月以内)
- 所有期間10年超の軽減税率特例は被相続人の所有期間を引き継げる
- 3,000万円特別控除と取得費加算は併用不可、有利な方を選択
(1) 相続不動産売却の税務上の選択肢
相続した戸建てを売却する際に利用できる主な控除・特例は以下の通りです。
控除・特例 | 適用要件 | 控除額・効果 |
---|---|---|
相続空き家の3,000万円特別控除 | 昭和56年5月31日以前の建物、耐震基準適合または解体、相続開始から3年10ヶ月以内 | 譲渡所得から最高3,000万円控除 |
居住用財産の3,000万円特別控除 | 相続後に自己居住 | 譲渡所得から最高3,000万円控除 |
相続税の取得費加算 | 相続税を支払い、相続開始から3年10ヶ月以内に売却 | 支払った相続税の一部を取得費に加算 |
所有期間10年超の軽減税率 | 被相続人の所有期間を含め10年超 | 6,000万円以下の部分は税率14.21% |
(2) 相続税と譲渡所得税の関係
相続した戸建てを売却する場合、以下の2つの税金が関係します。
- 相続税: 相続財産(戸建ての評価額等)が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人数)を超える場合に課税
- 譲渡所得税: 戸建てを売却して利益が出た場合に課税(所得税・住民税・復興特別所得税)
相続税を支払った場合、取得費加算の特例で譲渡所得税の負担を軽減できます。
(3) 売却タイミングと適用要件
多くの特例には相続開始から3年10ヶ月以内という売却期限があります。具体的には以下の通りです。
- 起算日: 被相続人が亡くなった日(相続開始日)
- 期限: 相続開始日の属する年の翌年1月1日から3年経過する年の12月31日まで
例:2024年5月1日に相続開始の場合、2027年12月31日までに売却する必要があります。
この期限を過ぎると、空き家特例・取得費加算の特例は適用できなくなるため、早めの検討が重要です。
相続空き家の3,000万円特別控除
空き家特例は、相続した戸建てを空き家のまま売却する場合に利用できる特例です。
(1) 空き家特例の適用要件
相続空き家の3,000万円特別控除を適用するには、以下の要件を満たす必要があります(国税庁「相続した空き家を売ったときの特例」)。
建物の要件:
- 昭和56年5月31日以前に建築された戸建て(旧耐震基準)
- 区分所有建物(マンション等)ではないこと
- 相続開始直前に被相続人が一人で居住していたこと
売却の要件:
- 相続開始から3年10ヶ月以内に売却
- 売却価格が1億円以下であること
- 売却時に耐震基準に適合しているか、建物を解体して更地にすること
- 相続から売却まで、事業・貸付・居住の用に供していないこと
(2) 耐震基準適合または解体の必要性
昭和56年5月31日以前に建築された建物(旧耐震基準)は、売却時に以下のいずれかを満たす必要があります。
選択肢1: 耐震リフォーム
- 現行の耐震基準に適合するように耐震リフォームを実施
- 耐震基準適合証明書を取得
- 費用: 100-300万円程度(建物の状態による)
選択肢2: 建物解体
- 建物を解体して更地にして売却
- 解体費用: 100-200万円程度(木造戸建て)
- 解体費用は譲渡費用として譲渡所得から差し引ける
多くの場合、解体して更地にする方が現実的です。ただし、建物に価値がある場合は、耐震リフォームして建物付きで売却する方が高値で売れる可能性もあります。
(3) 相続開始から3年10ヶ月以内の売却
空き家特例を適用するには、相続開始日の属する年の翌年1月1日から3年経過する年の12月31日までに売却する必要があります。
この期限は、相続税申告期限(相続開始から10ヶ月)と取得費加算の特例の期限(相続開始から3年10ヶ月)と共通しています。
居住用財産の3,000万円特別控除(相続後居住した場合)
相続後に自己居住した場合は、通常の居住用財産の3,000万円特別控除を適用できます。
(1) 相続後に居住した場合の適用条件
居住用財産の3,000万円特別控除は、自己居住用の戸建てを売却する場合に適用できます(国税庁「居住用財産を譲渡した場合の特例」)。
適用要件:
- 売却する戸建てに自己が居住していたこと
- 居住しなくなった日から3年経過する年の12月31日までに売却
- 売却した年の前年・前々年にこの特例を受けていないこと
相続した戸建てに相続後に引っ越して居住した場合、この特例を適用できます。
(2) 所有期間・居住期間の判定
居住用財産の3,000万円特別控除には、所有期間や居住期間の制限はありません。短期間の居住でも適用可能です。
ただし、所有期間が5年以下(短期譲渡)の場合は税率が高くなるため(39.63%)、できれば5年超(長期譲渡、税率20.315%)になってから売却する方が有利です。
相続で取得した不動産の所有期間は、被相続人が取得した時期から計算します(被相続人の所有期間を引き継ぐ)。
(3) 空き家特例との選択
相続後に居住した場合、以下の2つの選択肢があります。
- 空き家特例: 相続開始から3年10ヶ月以内に売却(耐震基準適合または解体が必要)
- 居住用財産の3,000万円特別控除: 居住しなくなった日から3年経過する年の12月31日まで
どちらが有利か:
- 昭和56年5月31日以前の建物で耐震基準を満たさない場合、空き家特例は解体が必要になるため、居住用財産の特例の方が適用しやすい
- いずれも3,000万円控除で効果は同じ
- 適用期限や要件を考慮して選択
相続税の取得費加算の特例
相続税を支払った場合、取得費加算の特例で譲渡所得税の負担を軽減できます。
(1) 取得費加算の仕組みと計算方法
取得費加算の特例は、相続税を支払った場合に、その一部を不動産の取得費に加算できる特例です(国税庁「取得費加算の特例」)。
計算式:
取得費に加算できる相続税額 = 相続税額 × (売却した不動産の相続税評価額 ÷ 相続財産の合計額)
取得費が増えることで、譲渡所得(譲渡収入 - 取得費 - 譲渡費用)が減少し、譲渡所得税が軽減されます。
(2) 相続開始から3年10ヶ月以内の売却
取得費加算の特例を適用するには、相続開始日の翌日から相続税申告期限の翌日以降3年を経過する日までに売却する必要があります。
- 相続税申告期限: 相続開始から10ヶ月
- 売却期限: 相続開始から3年10ヶ月以内
この期限は空き家特例と同じです。
(3) 3,000万円特別控除との併用可否
取得費加算の特例と3,000万円特別控除(空き家特例・居住用財産の特例)は併用できません。
どちらが有利かは以下の基準で判断します。
状況 | 有利な特例 |
---|---|
譲渡所得が3,000万円以下 | 3,000万円特別控除(譲渡所得税がゼロになる) |
譲渡所得が3,000万円超 | いずれか有利な方を計算で比較 |
相続税が高額 | 取得費加算の方が有利な場合あり |
専門的な計算が必要なため、税理士に相談することをおすすめします。
所有期間10年超の軽減税率特例
所有期間が10年を超える居住用財産を売却する場合、軽減税率が適用されます。
(1) 軽減税率の適用条件と税率
所有期間10年超の軽減税率特例は、以下の要件を満たす場合に適用されます(国税庁「軽減税率の特例」)。
適用要件:
- 売却した年の1月1日時点で所有期間が10年超
- 自己が居住していた居住用財産
軽減税率:
- 譲渡所得6,000万円以下の部分: 14.21%(所得税10%+住民税4%+復興特別所得税0.21%)
- 譲渡所得6,000万円超の部分: 20.315%(通常の長期譲渡所得税率)
(2) 被相続人の所有期間を引き継ぐ
相続で取得した不動産の所有期間は、被相続人が取得した時期から計算します(国税庁「相続により取得した資産の取得費」)。
例:被相続人が30年前に取得した戸建てを相続した場合、相続人は相続直後でも所有期間30年として計算できます。
このため、相続した戸建てを売却する場合、多くのケースで所有期間10年超の要件を満たします。
(3) 3,000万円特別控除との併用
所有期間10年超の軽減税率特例は、3,000万円特別控除と併用可能です。
併用時の計算:
- まず譲渡所得から3,000万円を控除
- 残った譲渡所得に軽減税率(14.21%)を適用
これにより、譲渡所得が3,000万円を超える場合でも税負担を大幅に軽減できます。
控除・特例の選択と相続登記
相続戸建ての売却では、複数の特例から最適なものを選択し、相続登記を早めに完了することが重要です。
(1) 空き家特例と取得費加算の比較
空き家特例と取得費加算の特例のどちらが有利かは、以下の計算で判断します。
空き家特例:
- 譲渡所得が3,000万円以下の場合、譲渡所得税がゼロになる
- 3,000万円超の場合、超過分に20.315%課税
取得費加算:
- 取得費に相続税の一部を加算することで譲渡所得を減らす
- 譲渡所得全体に20.315%課税(長期譲渡の場合)
判断基準:
- 譲渡所得が3,000万円以下 → 空き家特例が有利(税額ゼロ)
- 譲渡所得が3,000万円超で相続税が高額 → 計算で比較(税理士に相談)
(2) 相続登記の義務化と期限
2024年4月から相続登記が義務化され、相続開始を知った日から3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科されます(法務省「相続登記の義務化」)。
戸建てを売却するには、相続登記(被相続人から相続人への名義変更)が必須です。早めに相続登記を完了しましょう。
相続登記の流れ:
- 遺産分割協議(複数の相続人がいる場合)
- 必要書類の準備(戸籍謄本・遺産分割協議書等)
- 法務局への登記申請
- 登記完了(1-2週間程度)
登記費用は5-15万円程度(司法書士報酬含む)です。
(3) 相続戸建て売却の最適な税務戦略
相続戸建ての売却では、以下のステップで最適な税務戦略を立てます。
ステップ | 内容 |
---|---|
1. 相続登記 | 相続開始から3年以内に完了 |
2. 売却方針の決定 | 空き家のまま売却 or 居住後に売却 |
3. 適用特例の選択 | 空き家特例・居住用特例・取得費加算を比較 |
4. 売却タイミング | 相続開始から3年10ヶ月以内が基本 |
5. 確定申告 | 売却した年の翌年2-3月に申告 |
税理士・不動産会社と相談しながら、最適な方法を選択しましょう。
まとめ
相続した戸建てを売却する際は、空き家特例・居住用財産の3,000万円特別控除・取得費加算の特例など、複数の税制優遇措置があります。多くの特例には相続開始から3年10ヶ月以内という売却期限があるため、早めの検討が重要です。
空き家特例は旧耐震基準の建物に耐震リフォームまたは解体が必要で、取得費加算の特例は相続税を支払った場合に有利です。所有期間10年超の軽減税率特例は3,000万円特別控除と併用でき、税負担を大幅に軽減できます。
相続登記は2024年4月から義務化されており、売却前に必ず完了する必要があります。専門家(税理士・司法書士・不動産会社)のサポートを活用し、最適な税務戦略で売却を進めましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1: 相続した戸建てを売却する場合、空き家特例と通常の3,000万円特別控除はどちらが有利ですか?
A: 相続後に居住していない場合、昭和56年5月31日以前の建物で耐震基準を満たすか解体すれば空き家特例を適用できます。相続後に居住した場合は通常の3,000万円特別控除を選択できます。両特例は併用不可で、いずれも相続開始から3年10ヶ月以内の売却が要件です。適用しやすさや売却タイミングを考慮して選択しましょう。
Q2: 相続税を支払った場合、取得費加算の特例は空き家特例と併用できますか?
A: 併用できません。取得費加算の特例は相続税の一部を取得費に加算できますが、3,000万円特別控除(空き家特例含む)を適用すると取得費加算は使えません。譲渡益が大きく相続税も高額な場合、取得費加算の方が有利な場合もあるため、税理士に計算してもらい比較することをおすすめします。
Q3: 空き家特例の耐震基準適合とは具体的にどういう意味ですか?
A: 昭和56年5月31日以前に建築された建物(旧耐震基準)は、現行の耐震基準を満たす必要があります。耐震リフォーム(100-300万円程度)を行うか、建物を解体して更地にする(100-200万円程度)かのいずれかで要件を満たせます。多くの場合、解体して更地にする方が現実的で、解体費用は譲渡費用として譲渡所得から差し引けます。
Q4: 相続登記の義務化は売却にどう影響しますか?
A: 2024年4月から相続登記が義務化され、相続開始を知った日から3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科されます。売却には登記が必須なため、早めに相続登記を完了すべきです。複数の相続人がいる場合、遺産分割協議を経て代表者名義で登記するか、売却後に代金を分配する方法も検討できます。登記費用は司法書士報酬含め5-15万円程度です。