相続した土地を売却する際の契約書と重要事項説明の完全ガイド

公開日: 2025/10/16

相続土地売却の前提:相続登記と遺産分割協議の完了

相続した土地を売却される方にとって、契約書と重要事項説明の内容を正しく理解することは重要です。相続土地の売却では、通常の売買に加えて相続登記や遺産分割協議など特有の手続きが必要になります。

本記事では、相続した土地を売却する際の契約実務と重要事項説明の要点を解説します。

この記事のポイント

  • 相続登記と遺産分割協議の完了が売却の前提条件となる理由
  • 重要事項説明書における相続土地特有の記載事項
  • 共有名義の相続土地を売却する際の注意点
  • 境界確定測量の実務と隣地所有者との交渉方法
  • 契約不適合責任と告知義務の範囲

(1) 相続登記義務化と売却前の登記完了の必要性

2024年4月から相続登記が義務化され、相続開始を知ってから3年以内の登記申請が必要になりました。法務省によれば、正当な理由なく登記を怠ると10万円以下の過料が科される可能性があります。

相続登記の手続きの流れ

段階 実施事項 所要期間の目安
1. 戸籍収集 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本を取得 1〜2週間
2. 遺産分割協議 相続人全員で土地の帰属を決定 1〜3ヶ月
3. 登記申請 法務局に所有権移転登記を申請 1〜2週間
4. 登記完了 登記識別情報(権利証)の受領 申請から1〜2週間

相続登記が完了していない土地でも法的には売却可能ですが、買主が住宅ローンを利用する場合、金融機関が登記完了を融資条件とするため、実務上は売却前に相続登記を完了させる必要があります。

(2) 遺産分割協議書の作成と相続人全員の同意

相続人が複数いる場合、遺産分割協議書の作成が不可欠です。

遺産分割協議書に記載すべき事項

  • 被相続人の氏名・死亡日・本籍地
  • 相続人全員の氏名・住所・続柄
  • 対象土地の所在地・地番・地目・地積
  • 誰が土地を取得するか(または売却代金をどう分配するか)
  • 協議日・相続人全員の署名・実印の押印

協議書は相続人全員の実印押印と印鑑証明書の添付が必要です。遠方に住む相続人がいる場合、郵送でのやり取りに時間がかかることもあります。

(3) 代表相続人による売却と委任状の準備

相続人全員で売却する場合と、遺産分割協議で代表者1名に所有権を移して売却する場合があります。

代表者による売却の流れ

  1. 遺産分割協議で代表者に土地を帰属させる
  2. 代表者名義で相続登記を完了
  3. 代表者が単独で売買契約を締結
  4. 売却代金を協議内容に従って分配

共有名義のまま売却する場合、相続人全員が売買契約書に署名・押印し、決済時にも全員が立ち会う(または委任状を準備する)必要があります。

2. 重要事項説明書における相続土地特有の記載事項

重要事項説明書は宅建業法35条に基づき、宅地建物取引士が土地の法的・物理的状況を説明する書面です。

(1) 登記簿上の所有者と相続関係の説明

登記簿の確認事項

  • 現在の登記名義人(被相続人名義か相続人名義か)
  • 抵当権等の担保権設定の有無
  • 地役権・賃借権等の制限物権の有無
  • 仮登記や差押登記の有無

相続登記完了前に売却する場合、重要事項説明書に「登記名義人は被相続人○○であり、売主は相続人である」旨を記載し、相続関係を証明する書類(戸籍謄本・遺産分割協議書等)を買主に提示します。

(2) 用途地域・建築制限等の法的規制

土地に関する法的規制の主な項目

  • 都市計画法上の用途地域(住居系・商業系・工業系等)
  • 建築基準法上の建ぺい率・容積率
  • 防火地域・準防火地域の指定
  • 高さ制限・日影規制の有無
  • 農地法・森林法等の特別法の適用

国土交通省の資料によれば、用途地域により建築可能な建物の種類・規模が制限されるため、買主の利用目的に適合するか確認が重要です。

(3) インフラ整備状況と引込負担の告知

インフラ整備の確認項目

  • 上水道:公営水道か井戸か、引込管の有無
  • 下水道:公共下水道か浄化槽か、負担金の有無
  • 電気・ガス:引込の有無、引込費用の負担区分
  • 道路:接道義務を満たす幅員があるか、私道負担の有無

相続土地では長期間空き地だったケースが多く、インフラ未整備の場合があります。買主が建物を建築する際の引込費用を明示することで、後のトラブルを防止できます。

3. 共有名義の相続土地を売却する際の契約上の注意点

(1) 共有者全員の売却同意と契約締結

民法251条により、共有物の変更(売却)には共有者全員の同意が必要です。

共有名義売却の実務

  • 売買契約書:共有者全員が売主として署名・押印
  • 重要事項説明:全員が説明を受ける(または委任状を準備)
  • 決済:全員が立ち会い所有権移転登記に協力
  • 売却代金:持分割合に応じて分配

(2) 持分割合と売却代金の分配方法

持分割合の決定方法

  • 法定相続分による相続:配偶者1/2、子1/2を人数で分割
  • 遺産分割協議による相続:協議内容に従った割合
  • 遺言による相続:遺言書の指定に従った割合

売却代金は持分割合に応じて分配されます。例えば、兄弟2人が各1/2の持分で相続した土地を3,000万円で売却した場合、各自1,500万円(税引前)を受け取ります。

(3) 一部共有者の反対時の対応策

全員の同意が得られない場合の選択肢

  • 持分のみ売却:自分の持分だけを売却(通常は買主が見つかりにくい)
  • 共有物分割請求:家庭裁判所に分割を請求(訴訟手続き)
  • 持分買取:他の共有者が反対者の持分を買い取る

国土交通省の実務では、全員の同意を得て一括売却する方が高値で売却でき、手続きもスムーズです。

4. 境界確定測量と隣地所有者立会の実務

(1) 相続土地で境界が不明な場合の対応

相続土地では境界標が紛失していたり、古い時代の測量で精度が低い場合があります。

境界未確定のリスク

  • 隣地所有者との境界紛争
  • 買主への引渡し後のクレーム
  • 売買代金の減額請求
  • 契約不適合責任の追及

実務上、買主は境界確定を売買契約の条件とするケースが多く、境界未確定のまま売却すると大幅な値引きを要求される可能性があります。

(2) 土地家屋調査士による測量と確認書作成

境界確定測量の手順

  1. 土地家屋調査士に測量を依頼(費用30〜80万円程度)
  2. 現地測量と境界標の設置
  3. 隣地所有者立会のもと境界を確認
  4. 境界確認書(筆界確認書)に隣地所有者全員が署名・押印
  5. 確定測量図の作成と法務局への提出

測量費用は売主負担が一般的です。隣地所有者が複数いる場合(角地など)、全員から同意を得る必要があり、時間がかかることもあります。

(3) 隣地所有者との立会交渉と同意取得

立会交渉のポイント

  • 事前に日程調整の連絡をする
  • 土地家屋調査士が測量の趣旨を説明
  • 境界標の位置に合意を得る
  • 確認書に署名・押印をお願いする

隣地所有者が高齢で施設に入居している場合や、所有者不明の場合は、戸籍調査や成年後見制度の利用が必要になることもあります。

5. 売買契約書における契約不適合責任と告知義務

(1) 相続人が知らない土地の瑕疵への対応

2020年の民法改正により、瑕疵担保責任は「契約不適合責任」に変更されました。法務省によれば、売主は契約内容に適合した土地を引き渡す責任を負います。

契約不適合責任の内容

  • 買主の権利:追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・契約解除
  • 売主の責任期間:引渡しから通常1年間(特約で短縮可能)
  • 免責条件:売主が知らず、かつ知らないことに過失がない瑕疵

相続土地では売主(相続人)が土地の状況を十分に把握していないケースが多いため、契約書に「売主の知る範囲で告知する」旨を明記します。

(2) 土壌汚染・地中埋設物の調査と告知

土地の瑕疵の代表例

  • 土壌汚染:工場跡地・ガソリンスタンド跡地等
  • 地中埋設物:旧建物の基礎・浄化槽・産業廃棄物等
  • 地盤沈下・軟弱地盤:盛土・埋立地等
  • 越境物:隣地からの塀・樹木の枝の越境

売主が過去の利用状況を知っている場合は、買主に告知する義務があります。告知せずに売却し、後に瑕疵が判明すると損害賠償責任を負う可能性があります。

(3) 瑕疵担保免責特約の有効性と限界

免責特約の設定

  • 「売主は土地の契約不適合について一切の責任を負わない」旨の特約
  • 築古物件や相続物件で設定されることが多い
  • 特約により責任期間をゼロにすることも可能

免責特約の限界

  • 売主が知っていて告知しなかった瑕疵は免責されない(民法572条)
  • 買主が住宅ローンを利用する場合、金融機関が特約を認めないことがある
  • 著しく不公正な特約は無効とされる可能性

国土交通省の標準契約書では、売主が知っている瑕疵は告知し、知らない瑕疵については免責する形が推奨されています。

6. 手付金・決済・引渡しと相続人全員の合意確認

(1) 手付金受領時の相続人間の合意

手付金の取扱い

  • 金額:売買価格の5〜10%が一般的
  • 受領方法:代表相続人が受領し保管、または仲介業者の預り金口座に入金
  • 分配:決済時に売却代金と一緒に分配するのが一般的

共有名義の場合、手付金の受領についても相続人全員の合意が必要です。契約前に手付金の管理方法と分配時期を決めておきましょう。

(2) 残代金決済と所有権移転登記の同時履行

決済当日の流れ

  1. 金融機関または不動産会社の会議室に集合
  2. 登記書類(登記識別情報・印鑑証明書等)の確認
  3. 残代金の入金確認
  4. 所有権移転登記の申請(司法書士)
  5. 売却代金の分配(共有名義の場合)

相続人全員が決済に立ち会うのが理想ですが、遠方に住む相続人がいる場合は、委任状を作成して代表者が手続きを行うことも可能です。

(3) 売却代金の分配方法と税務上の注意

売却代金の分配

  • 持分割合に応じて分配
  • 遺産分割協議で別途定めた割合がある場合はそれに従う
  • 振込手数料は各自負担または売却代金から按分

税務上の注意点

  • 譲渡所得税:売却益に対して課税(長期譲渡20.315%、短期譲渡39.63%)
  • 取得費:被相続人の購入価格を引き継ぐ(相続税評価額ではない)
  • 特例:相続空き家の3,000万円特別控除(一定要件を満たす場合)
  • 確定申告:売却の翌年2月16日〜3月15日に申告

売却代金の分配方法によっては贈与税が発生する可能性もあるため、税理士への相談を推奨します。

まとめ

相続した土地を売却する際は、相続登記と遺産分割協議の完了が前提条件となります。契約書と重要事項説明書の内容を正しく理解し、境界確定や告知義務を適切に履行することで、トラブルのない売却が可能になります。

重要ポイントの再確認

  • 相続登記の完了が実務上必須(2024年4月から義務化)
  • 共有名義の売却には相続人全員の同意が必要
  • 境界確定測量の実施で買主の安心感を高められる
  • 契約不適合責任の範囲を契約書で明確化
  • 売主が知っている瑕疵は必ず告知する

契約内容に不明点がある場合は、宅建士・司法書士・税理士等の専門家に相談し、納得した上で手続きを進めることをおすすめします。

よくある質問

Q1相続登記が完了していない土地でも売却できますか?

A1法的には可能ですが、買主が住宅ローンを利用する場合、金融機関が登記完了を融資条件とするため、実務上は売却前に相続登記を完了させる必要があります。2024年4月から相続登記が義務化され、正当な理由なく登記を怠ると10万円以下の過料が科される可能性があるため、早めの登記をおすすめします。

Q2相続人が複数いる場合、全員の同意が必要ですか?

A2必須です。民法251条により共有物の変更(売却)には共有者全員の同意が必要です。遺産分割協議で代表者1名に所有権を移して売却する場合でも、協議書の作成と全員の実印押印が必要です。一部相続人の反対時は、持分のみの売却や共有物分割請求も検討できますが、全員同意での一括売却が最も高値で売れます。

Q3相続した土地の境界が不明な場合、どう対応すればよいですか?

A3売却前に土地家屋調査士に依頼し境界確定測量を実施することを推奨します。隣地所有者の立会と同意を得て境界確認書を作成し、境界標を設置します。測量費用は売主負担が一般的で30〜80万円程度です。境界未確定のまま売却すると買主からクレームや価格減額要求のリスクがあるため、事前の確定が重要です。

Q4相続土地の売買契約書で注意すべき条項は何ですか?

A4契約不適合責任の範囲を明確化することが重要です。相続人が知らない瑕疵(土壌汚染・地中埋設物等)への対応、境界確定の有無、測量実施の責任区分を契約書に記載します。免責特約を設定しても、売主が知っていて告知しなかった瑕疵は免責されないため、知っている瑕疵は必ず告知しましょう。

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