相続したマンションを売却する際の譲渡所得税について
相続でマンションを取得した方の中には、自身で居住せず売却を検討される方も多くいらっしゃいます。相続マンションを売却する場合、相続税とは別に譲渡所得税がかかる可能性があります。ただし、相続マンション特有の税制優遇措置を活用することで、税負担を大幅に軽減できます。
本記事では、相続したマンションを売却する際の譲渡所得税について、計算方法から特例制度まで詳しく解説します。
この記事のポイント
- 相続税と譲渡所得税は別の税金で、両方がかかる可能性がある
- 相続税申告期限から3年以内の売却なら「取得費加算の特例」で大幅節税が可能
- 被相続人が居住していた区分マンションは空き家特例の対象外
- 相続で取得した場合、被相続人の取得時期と取得費を引き継ぐ
- 相続登記が義務化され、3年以内の名義変更が必要
1. 相続売却マンションの譲渡所得税とは
(1) 相続税と譲渡所得税の違い
相続マンションを売却する際には、以下の2つの税金が関係してきます。
税金の種類 | 課税時期 | 納税義務者 | 税率 |
---|---|---|---|
相続税 | 相続時 | 相続人 | 10%~55%(累進課税) |
譲渡所得税 | 売却時 | 売却した人 | 約20%または約40% |
相続税は、被相続人の財産を相続した際に、その財産の価額に対して課される税金です。基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)を超える財産がある場合に課税されます。
譲渡所得税は、マンションを売却して得た利益(譲渡所得)に対して課される税金です。相続税を支払ったからといって譲渡所得税が免除されるわけではありません。
(2) 相続マンション売却の特徴
相続マンションの売却には、通常の売却とは異なる以下の特徴があります。
特徴1:取得時期の引き継ぎ 相続で取得したマンションの所有期間は、被相続人が取得した日から計算します。これを「取得時期の引き継ぎ」といいます。
例えば、被相続人が20年前に取得したマンションを相続して1年後に売却した場合、所有期間は21年となります。
特徴2:取得費の引き継ぎ 相続で取得したマンションの取得費は、被相続人が取得したときの価格を引き継ぎます(国税庁「相続財産の取得費」より)。相続税評価額ではありません。
特徴3:相続登記の必要性 2024年4月から相続登記が義務化されました。相続を知った日から3年以内に登記しないと、10万円以下の過料に処される可能性があります。また、相続登記をしないと売却できません。
2. 譲渡所得税の計算方法
(1) 基本的な計算式
譲渡所得税の計算式は以下の通りです(国税庁「譲渡所得の計算方法」より)。
譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用)
譲渡所得税 = 譲渡所得 × 税率
売却価格は、マンションを売却して得た金額です。
取得費は、被相続人がマンションを購入したときの価格や購入にかかった費用です。ただし、建物部分は減価償却費を差し引く必要があります。
譲渡費用は、マンションを売却するためにかかった仲介手数料などの費用です。
(2) 相続マンションの取得費の計算
相続マンションの取得費は、被相続人の取得費を引き継ぎます。
取得費に含められる費用:
- 被相続人の購入代金
- 被相続人が支払った購入時の仲介手数料
- 登記費用、不動産取得税、印紙税
- リフォーム費用(資産価値を高めるもの)
- 相続登記の費用(相続人が支払った登記費用も取得費に含められる)
建物の取得費は、被相続人の購入価格から減価償却費を差し引いた金額となります。減価償却費は、被相続人が取得した時点から計算します。
取得費が不明な場合: 被相続人の取得費が不明な場合、**売却価格の5%**を取得費とする「概算取得費」を使用できます。ただし、これだと税負担が大幅に増えるため、被相続人の契約書や領収書を探すことが重要です。
3. 適用できる特例・控除
相続マンションの売却では、以下の特例を検討できます。
(1) 相続税の取得費加算の特例
最も重要な特例が、「相続税の取得費加算の特例」です(国税庁「相続税の取得費加算の特例」より)。
この特例により、支払った相続税の一部を譲渡所得の取得費に加算でき、譲渡所得を減少させることができます。
適用要件:
- 相続または遺贈により財産を取得した者であること
- その財産を取得した人に相続税が課税されていること
- 相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日までに譲渡していること
相続税の申告期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内です。したがって、取得費加算の特例を受けるためには、相続開始から3年10ヶ月以内に売却する必要があります。
加算できる相続税額の計算式:
加算できる相続税額 = 相続税額 × (譲渡したマンションの相続税評価額 ÷ 相続税の課税価格)
例えば、相続税額が500万円、譲渡したマンションの相続税評価額が3,000万円、相続税の課税価格が1億円の場合、
加算できる相続税額 = 500万円 × (3,000万円 ÷ 1億円)= 150万円
この150万円を取得費に加算できるため、譲渡所得が150万円減少し、約30万円の節税効果が得られます(税率20%の場合)。
(2) 居住用財産の3,000万円特別控除
相続したマンションに相続人自身が居住していた場合、「居住用財産の3,000万円特別控除」を適用できます(国税庁「居住用財産の3,000万円特別控除」より)。
この特例により、譲渡所得から最大3,000万円を控除できるため、多くの場合は非課税になります。
適用要件:
- 自己が居住していたマンションであること
- 住まなくなってから3年後の12月31日までに売却すること
- 売却の前年・前々年にこの特例を受けていないこと
- 売却先が親子や配偶者などの特別な関係者でないこと
ただし、被相続人が居住していただけで、相続人自身が居住していない場合は、この特例は適用できません。
(3) 空き家特例(区分マンションは対象外)
「被相続人の居住用財産(空き家)の譲渡所得の特別控除」は、被相続人が住んでいた家屋とその敷地を相続し、一定の要件を満たして売却した場合、譲渡所得から最大3,000万円を控除できる制度です(国税庁「空き家の譲渡所得の3,000万円特別控除」より)。
重要な注意点: 区分所有建物(マンション)はこの特例の対象外です。この特例は一戸建て住宅を対象としており、マンションには適用できません。
マンションの売却では、取得費加算の特例や、相続人自身が居住していた場合の3,000万円控除を検討することになります。
(4) 特例の選択
取得費加算の特例と3,000万円控除は併用できません。どちらか一方を選択する必要があります。
選択の目安:
- 譲渡所得が3,000万円以下 → 3,000万円控除の方が有利
- 譲渡所得が3,000万円を超える → 取得費加算の特例と3,000万円控除を比較して有利な方を選択
ただし、相続人自身が居住していない場合は3,000万円控除を適用できないため、取得費加算の特例を利用することになります。
4. 所有期間と税率
(1) 短期譲渡と長期譲渡の区分
譲渡所得税の税率は、マンションの所有期間によって大きく異なります。
区分 | 所有期間 | 税率 |
---|---|---|
短期譲渡所得 | 5年以下 | 39.63%(所得税30.63% + 住民税9%) |
長期譲渡所得 | 5年超 | 20.315%(所得税15.315% + 住民税5%) |
※所得税には復興特別所得税2.1%が含まれます。
相続マンションの場合、被相続人が取得した時点から所有期間を計算するため、多くの場合は長期譲渡所得となります。
(2) 所有期間の判定方法
所有期間の判定は、売却した年の1月1日時点で行われます。
例えば、被相続人が2010年7月1日に取得したマンションを、2024年6月30日に売却する場合、
所有期間の判定日:2024年1月1日
所有期間:2024年1月1日 - 2010年7月1日 = 13年6ヶ月
区分:長期譲渡所得
被相続人の取得時期を引き継ぐため、相続してすぐに売却しても長期譲渡所得となることが多いです。
5. 計算シミュレーション
(1) 取得費加算の特例を適用するケース
前提条件:
- 被相続人の購入価格:2,500万円(土地1,000万円、建物1,500万円)
- 被相続人の購入時の諸費用:100万円
- 被相続人の取得日:2000年1月1日
- 売却日:2024年6月30日
- 売却価格:3,500万円
- 譲渡費用:120万円
- 建物の減価償却費:720万円(24年分)
- 支払った相続税:200万円
- 加算できる相続税額:80万円
取得費の計算:
取得費 = (土地1,000万円 + 建物1,500万円 + 諸費用100万円)- 減価償却費720万円 + 取得費加算80万円
= 1,960万円
譲渡所得の計算:
譲渡所得 = 3,500万円 - (1,960万円 + 120万円)
= 1,420万円
税額(長期譲渡):
税額 = 1,420万円 × 20.315% = 約288万円
取得費加算がない場合の比較: 取得費加算を適用しない場合、取得費は1,880万円となり、譲渡所得は1,500万円、税額は約305万円です。取得費加算により約17万円の節税効果があります。
(2) 3,000万円控除を適用するケース
相続人自身が相続したマンションに居住していた場合の計算です。
前提条件:
- 上記と同じ条件
- 相続後、相続人自身が居住していた
譲渡所得の計算:
譲渡所得 = 3,500万円 - (1,880万円 + 120万円)
= 1,500万円
3,000万円控除適用後:
課税譲渡所得 = 1,500万円 - 3,000万円 = 0円(マイナスは0とみなす)
税額:0円
このケースでは、3,000万円控除により譲渡所得税は発生しません。取得費加算の特例(税額約288万円)より大幅に有利になります。
(3) 概算取得費を使用するケース
被相続人の取得費が不明な場合の計算です。
前提条件:
- 被相続人の取得費が不明
- 売却価格:3,500万円
- 譲渡費用:120万円
概算取得費の計算:
概算取得費 = 3,500万円 × 5% = 175万円
譲渡所得の計算:
譲渡所得 = 3,500万円 - (175万円 + 120万円)
= 3,205万円
税額(長期譲渡):
税額 = 3,205万円 × 20.315% = 約651万円
実際の取得費が分かる場合(税額約305万円)と比較して、約346万円も税額が増えます。被相続人の契約書や領収書を探すことの重要性が分かります。
6. 確定申告の手続き
(1) 申告期限と提出方法
マンションを売却して譲渡所得が発生した場合、または特例を適用する場合、売却した年の翌年の2月16日から3月15日までに確定申告を行う必要があります(国税庁「確定申告の手続き」より)。
申告方法:
- 税務署窓口での申告
- 郵送での申告
- e-Tax(電子申告)
(2) 必要書類
確定申告に必要な主な書類は以下の通りです。
必須書類:
- 確定申告書
- 譲渡所得の内訳書(確定申告書付表兼計算明細書)
- 売買契約書のコピー(売却時・被相続人購入時)
- 仲介手数料等の領収書
- 登記事項証明書
取得費加算の特例を適用する場合:
- 相続税申告書のコピー
- 相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書
3,000万円控除を適用する場合:
- 戸籍の附票のコピー(住所の異動を証明するため)
(3) 税理士への相談が必要なケース
以下のようなケースでは、税理士への相談を強くお勧めします。
税理士相談が必要なケース:
- 相続税の取得費加算の特例を利用する場合
- 譲渡所得が1,000万円を超える場合
- 被相続人の取得費が不明な場合
- 共同相続人がいる場合
- 複数の特例の適用可否を判断する必要がある場合
税理士報酬は一般的に5万円~20万円程度ですが、適切な税務処理により数十万円から数百万円の節税につながる可能性があります。
まとめ
相続したマンションを売却する際の譲渡所得税は、特例制度を活用することで大幅に軽減できます。
最も重要なのが「相続税の取得費加算の特例」で、相続税申告期限から3年以内の売却なら、支払った相続税の一部を取得費に加算できます。また、相続人自身が居住していた場合は3,000万円控除も適用でき、多くの場合は非課税になります。
ただし、区分マンションは空き家特例の対象外であるため注意が必要です。
相続マンションの売却は、相続税の申告と並行して進めることになるため、早めに税理士に相談し、適切なタイミングと方法を検討することをお勧めします。特に、取得費加算の特例は期限が厳格なため、売却時期の判断が重要です。