相続した戸建て売却と譲渡所得税の基本
相続で戸建てを取得し、売却を検討している方にとって、譲渡所得税は避けて通れない課題です。相続不動産には特有の税務ルールがあり、適切に理解することで大幅な節税が可能になります。
この記事で分かること
- 相続した戸建て売却時の譲渡所得税の仕組み
- 被相続人の取得費を引き継ぐルールと計算方法
- 相続税の取得費加算特例による節税方法
- 空き家の3,000万円特別控除の活用条件
- 相続登記の義務化と売却前の必須手続き
(1) 譲渡所得税とは何か
譲渡所得税は、不動産を売却して得た利益(譲渡所得)に対して課される税金です。所得税と住民税を合わせて課税されます。
税率(所有期間による区分):
区分 | 所有期間 | 所得税 | 住民税 | 合計 |
---|---|---|---|---|
短期譲渡所得 | 5年以下 | 30% | 9% | 39% |
長期譲渡所得 | 5年超 | 15% | 5% | 20% |
相続の場合、被相続人(亡くなった方)が取得した時点から所有期間を計算するため、多くのケースで長期譲渡所得(20%)が適用されます。
(2) 相続不動産に特有の税務ポイント
相続した戸建ての売却では、以下の特有のポイントがあります。
- 取得費の引継ぎ: 被相続人の取得費と取得時期を引き継ぐ(国税庁「譲渡所得の計算方法」より)
- 相続税の取得費加算: 相続税を支払っていれば、一部を取得費に加算可能
- 空き家特例: 一定要件で3,000万円の特別控除が適用可能
- 相続登記の義務化: 2024年4月から3年以内の登記が義務化
譲渡所得税の計算方法と取得費の引き継ぎ
相続した戸建ての譲渡所得税を正しく計算するには、取得費の引継ぎルールを理解する必要があります。
(1) 基本的な計算式
譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用)
項目 | 内容 |
---|---|
売却価格 | 実際に売却した金額 |
取得費 | 被相続人の購入価格(建物は減価償却後)+ 購入時諸費用 |
譲渡費用 | 仲介手数料、測量費、解体費など売却にかかった費用 |
譲渡所得税額 = 譲渡所得 × 税率(20% or 39%)
(2) 被相続人の取得費を引き継ぐルール
国税庁「相続により取得した資産の取得費」によると、相続で取得した不動産の取得費は、被相続人が取得した時の価格と時期を引き継ぎます。
具体例:
- 被相続人が1990年に4,000万円で購入
- 2025年に相続人が6,000万円で売却
- 取得費: 4,000万円から減価償却費を差し引いた額(例: 3,200万円)
- 譲渡費用: 200万円
- 譲渡所得: 6,000万円 - 3,200万円 - 200万円 = 2,600万円
- 譲渡所得税: 2,600万円 × 20% = 520万円
この例では、被相続人の購入価格が明確なため、適正な税額計算ができます。
(3) 取得費が不明な場合の対処法
被相続人の購入価格が不明な場合、国税庁の規定により売却価格の5%を概算取得費として使用できます。
概算取得費の問題点:
例えば、6,000万円で売却した場合:
- 概算取得費: 6,000万円 × 5% = 300万円
- 譲渡所得: 6,000万円 - 300万円 - 200万円 = 5,500万円
- 譲渡所得税: 5,500万円 × 20% = 1,100万円
取得費が分かる場合(520万円)と比べて、2倍以上の税額になります。
対処法:
- 被相続人の売買契約書・領収書を探す
- 仲介した不動産会社に問い合わせる
- 法務局で抵当権設定額を確認し推測する
- 税理士に依頼して当時の市場価格から推定する
相続税の取得費加算特例で節税する方法
相続税を支払った場合、この特例を使うことで大幅な節税が可能です。
(1) 特例の仕組みと適用条件
国税庁「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」によると、以下の条件で相続税の一部を取得費に加算できます。
適用条件:
- 相続または遺贈により財産を取得
- その財産について相続税が課税されている
- 相続税の申告期限の翌日から3年以内に譲渡
この「3年以内」という期限が重要で、1日でも過ぎると適用できなくなります。
(2) 加算できる金額の計算方法
加算額 = 支払った相続税 × (譲渡した不動産の相続税評価額 ÷ 相続税の課税価格)
計算例:
- 支払った相続税: 1,500万円
- 戸建ての相続税評価額: 4,000万円
- 相続税の課税価格(全財産): 1億2,000万円
加算額 = 1,500万円 × (4,000万円 ÷ 1億2,000万円) = 500万円
この500万円を取得費に加算でき、譲渡所得を500万円圧縮できます。税額の軽減効果は約100万円(500万円 × 20%)です。
(3) 申告期限と必要書類
期限: 相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)の翌日から3年以内に売却し、確定申告する必要があります。
必要書類:
- 相続税の申告書(控え)
- 相続財産の明細書
- 譲渡した不動産の相続税評価額が分かる書類
- 売買契約書
空き家の3,000万円特別控除の活用
被相続人が一人暮らしだった空き家を売却する場合、別の特例が利用できる可能性があります。
(1) 特例の適用要件
国税庁「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」によると、以下の要件を全て満たす必要があります。
家屋の要件:
- 昭和56年5月31日以前に建築
- 区分所有建物(マンション等)でないこと
- 相続開始直前に被相続人が一人暮らし
売却時の要件:
- 相続開始から3年後の12月31日までに売却
- 売却価格が1億円以下
- 耐震基準を満たすか、更地にして売却
(2) 建物の建築時期と耐震基準
昭和56年5月31日以前の建築物は、旧耐震基準のため、以下のいずれかが必要です。
- 耐震リフォーム: 現行の耐震基準を満たすように改修(費用: 100万円~数百万円)
- 建物を取壊し: 更地にして売却(解体費用: 150万円~300万円程度)
これらの費用は譲渡費用として計上できます。
(3) 適用期限と注意点
この特例は2027年12月31日までの時限措置です。また、相続税の取得費加算特例との併用はできません。
どちらが有利かは、以下で判断します。
- 譲渡所得が3,000万円以下 → 空き家特例で完全非課税
- 譲渡所得が大きい → 相続税の取得費加算を検討
相続登記の義務化と売却前の手続き
2024年4月から相続登記が義務化され、売却前の手続きが厳格化されました。
(1) 2024年4月施行の義務化内容
法務省「相続登記の義務化」によると、以下が義務化されました。
- 相続を知った日から3年以内に登記
- 正当な理由なく登記しない場合、10万円以下の過料
- 過去の相続案件も対象(施行日から3年以内に登記が必要)
(2) 登記手続きの流れと期限
手続きの流れ:
- 戸籍謄本等で相続人を確定(1~2週間)
- 遺産分割協議書を作成(数週間~数ヶ月)
- 法務局で登記申請(1~2週間)
費用:
- 登録免許税: 固定資産税評価額の0.4%
- 司法書士報酬: 5万円~15万円程度
(3) 複数相続人がいる場合の対応
相続人が複数いる場合、全員の合意が必要です。
- 共有名義で登記: 全員の持分を登記(売却時に全員の同意が必要)
- 代表相続人への移転: 他の相続人が相続放棄または持分譲渡
売却をスムーズに進めるには、早期に遺産分割協議を完了させることが重要です。
よくあるトラブル事例と注意点
国民生活センターの相談事例を基に、よくあるトラブルを紹介します。
(1) 特例措置の適用期限の見落とし
事例: 相続税の取得費加算特例の期限(3年以内)を知らず、4年後に売却。数百万円の節税機会を逃した。
対策: 相続開始後、早めに税理士に相談し、売却時期を計画的に決める。
(2) 相続人間の合意形成の困難
事例: 兄弟3人で相続した戸建て。売却価格や時期で意見が対立し、2年間売却できず。固定資産税や維持費がかさむ。
対策: 相続発生時点で専門家(弁護士・司法書士)を交えて協議し、早期に方針を決定する。
(3) 取得費5%ルールによる高額課税
事例: 被相続人の購入価格が不明で、概算取得費(5%)を使用。本来の税額の2倍以上を支払うことに。
対策: 被相続人の遺品を徹底的に探す。不動産会社・金融機関にも記録が残っている可能性がある。
まとめ
相続した戸建てを売却する際は、取得費の引継ぎルールを理解し、相続税の取得費加算特例や空き家の3,000万円控除などを適切に活用することで、大幅な節税が可能です。
特に、相続開始から3年以内という期限がある特例が多いため、早めに税理士や不動産の専門家に相談することをおすすめします。また、2024年4月からの相続登記義務化により、売却前の手続きも厳格化されています。計画的に進めることが重要です。
よくある質問
Q1: 相続した戸建てを売却すると、いくら税金がかかりますか?
A: 譲渡所得(売却価格から取得費・譲渡費用を差し引いた利益)に対して、所得税と住民税が合計約20%課税されます(所有期間5年超の場合)。ただし、相続税の取得費加算特例や空き家の3,000万円特別控除を使えば、大幅に減額できる可能性があります。具体的な金額は、被相続人の取得費や売却価格によって大きく変わります。
Q2: 相続税の取得費加算特例はどのくらい節税効果がありますか?
A: 相続税の申告期限の翌日から3年以内に売却すれば、支払った相続税の一部を取得費に加算できます。例えば、相続税を1,500万円支払い、戸建ての評価額が全体の1/3を占める場合、500万円を取得費に加算でき、約100万円(500万円×20%)の節税効果があります。相続税額が大きいほど、節税効果も大きくなります。
Q3: 空き家の3,000万円特別控除の条件は?
A: 昭和56年5月31日以前に建築された家屋で、被相続人が一人暮らしだった空き家が対象です。相続開始から3年後の12月31日までに売却し、売却価格が1億円以下であることが条件です。さらに、現行の耐震基準を満たすように改修するか、建物を取り壊して更地にして売却する必要があります。この特例は2027年12月31日までの時限措置です。
Q4: 相続登記をしないと売却できませんか?
A: はい、相続登記を完了しないと売却できません。2024年4月から相続登記が義務化され、相続を知った日から3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科される可能性があります。売却を検討している場合は、早めに戸籍謄本を取得し、遺産分割協議を完了させて登記手続きを進めることをおすすめします。
Q5: 取得費が分からない場合はどうなりますか?
A: 被相続人の購入価格が不明な場合、売却価格の5%を概算取得費として使用します。ただし、これだと税額が大幅に増えるため、できる限り実際の取得費を確認することが重要です。被相続人の売買契約書や領収書を探す、仲介した不動産会社に問い合わせる、法務局で抵当権設定額を確認するなどの方法があります。税理士に依頼して当時の市場価格から推定することも可能です。