相続取得した戸建ての譲渡所得税の基本
相続で戸建てを取得した場合、将来その物件を売却すると譲渡所得税が課税される可能性があります。相続取得は「購入」とは異なる税務上の扱いとなるため、取得費の計算や利用できる特例について正しく理解することが重要です。
この記事で分かること
- 相続取得した戸建ての譲渡所得税の仕組み
- 被相続人の取得費を引き継ぐルール
- 相続税の取得費加算特例の活用方法
- 空き家を売却する場合の3,000万円控除
- 確定申告と必要書類の準備
(1) 相続と譲渡所得税の関係
相続で戸建てを取得した時点では、譲渡所得税は発生しません。課税されるのは、相続した物件を将来売却した時点です。
売却時の譲渡所得税は、以下の要素で決まります。
要素 | 内容 |
---|---|
売却価格 | 実際に売却した金額 |
取得費 | 被相続人が取得した時の価格(引き継ぐ) |
譲渡費用 | 仲介手数料など売却にかかった費用 |
特例適用 | 相続税の取得費加算、空き家特例など |
(2) 相続税との違い
相続税と譲渡所得税は別々の税金です。
- 相続税: 財産を相続した時点で課税(相続開始から10ヶ月以内に申告・納税)
- 譲渡所得税: 相続した不動産を売却した時点で課税
両方の税金が発生する可能性がありますが、後述する「相続税の取得費加算特例」により、二重課税を一部軽減できます。
取得費の引継ぎ
相続で取得した戸建ての取得費は、被相続人(亡くなった方)の取得費を引き継ぎます。
(1) 被相続人の取得費・取得時期を引き継ぐ
国税庁「相続により取得した資産の取得費」によると、相続した不動産の取得費と取得時期は、被相続人のものを引き継ぎます。
具体例:
- 被相続人が昭和60年に3,000万円で購入した戸建て
- 相続人が令和7年に5,000万円で売却
- 取得費: 3,000万円(被相続人の購入価格)から減価償却費を差し引いた額
- 取得時期: 昭和60年(被相続人が取得した時期)
このため、被相続人がいつ、いくらで取得したかの確認が非常に重要です。
(2) 取得費が不明な場合の概算取得費
被相続人の取得費が不明な場合、国税庁「譲渡所得の計算方法」に基づき、売却価格の5%を概算取得費として計上できます。
概算取得費のデメリット:
- 実際の取得費より大幅に少なくなることが多い
- 譲渡所得が大きくなり、税負担が増加
例えば、5,000万円で売却した場合、概算取得費は250万円(5,000万円×5%)となり、譲渡所得は約4,750万円にもなります。
そのため、被相続人の購入時の契約書や領収書を探すことが重要です。
相続税の取得費加算特例
相続税を支払った場合、一定期間内に不動産を売却すれば、相続税の一部を取得費に加算できます。
(1) 適用要件(相続開始から3年10ヶ月以内)
国税庁「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」によると、以下の要件を満たす必要があります。
- 相続または遺贈により財産を取得している
- その財産について相続税が課税されている
- 相続開始日の翌日から3年10ヶ月以内に譲渡している
この期限を1日でも過ぎると特例は適用できないため、売却時期の計画が重要です。
(2) 計算方法
取得費に加算できる相続税額は、以下の計算式で算出します。
加算額 = 支払った相続税 × (譲渡した財産の相続税評価額 ÷ 相続税の課税価格)
例えば、相続税を1,000万円支払い、戸建ての相続税評価額が3,000万円、相続税の課税価格が1億円の場合:
加算額 = 1,000万円 × (3,000万円 ÷ 1億円) = 300万円
この300万円を取得費に加算でき、譲渡所得を圧縮できます。
空き家の3,000万円特別控除
被相続人が一人暮らしだった空き家を売却する場合、一定要件で3,000万円の特別控除が適用できます。
(1) 適用要件(耐震・取壊し)
国税庁「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」によると、以下の要件を全て満たす必要があります。
被相続人・家屋の要件:
- 昭和56年5月31日以前に建築された家屋
- 被相続人が一人暮らしだった(老人ホーム入所を含む)
- 相続開始直前まで被相続人の居住用だった
売却時の要件:
- 相続開始から3年後の12月31日までに売却
- 売却価格が1億円以下
- 耐震基準を満たすか、取壊して更地で売却
この耐震基準要件が厳しく、昭和56年以前の戸建ては耐震リフォームまたは取壊しが必要です。
(2) 相続税の取得費加算との併用可否
空き家の3,000万円控除と相続税の取得費加算特例は、併用できません。
どちらか一方を選択する必要があり、一般的には:
- 譲渡所得が3,000万円以下 → 空き家の3,000万円控除(完全非課税)
- 譲渡所得が大きい → 相続税の取得費加算特例を検討
譲渡所得の計算方法
相続した戸建てを売却した際の譲渡所得は、以下のように計算します。
(1) 譲渡所得の計算式
譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用)
取得費に含まれるもの:
- 被相続人の購入価格(建物は減価償却後)
- 被相続人の購入時諸費用(仲介手数料、登記費用など)
- 相続税の取得費加算額(特例適用時)
譲渡費用に含まれるもの:
- 仲介手数料
- 印紙税
- 測量費、解体費(売却のために支出したもの)
(2) 取得費が不明な場合の対応
被相続人の購入価格が不明な場合、以下の方法で確認を試みます。
- 売買契約書・領収書を探す: 被相続人の遺品から書類を探す
- 不動産会社に問い合わせ: 仲介した不動産会社が記録を保管している可能性
- 法務局で登記簿を確認: 抵当権設定額から購入価格を推測
- 固定資産税評価額から逆算: 専門家に依頼して当時の価格を推定
これらの方法でも不明な場合、概算取得費(売却額の5%)を使うしかありません。
確定申告と必要書類
相続した戸建てを売却した場合、確定申告が必要です。
(1) 相続登記のタイミング
売却前に相続登記を完了する必要があります。国税庁の見解では、登記前でも譲渡所得税は発生しますが、実務上は登記なしでは売却できません。
また、令和6年4月から相続登記が義務化されており、相続を知った日から3年以内に登記しないと過料(10万円以下)が科されます。
(2) 特例適用に必要な書類
基本的な書類:
- 売買契約書(売却時・被相続人の購入時)
- 仲介手数料の領収書
- 登記事項証明書
相続税の取得費加算特例:
- 相続税の申告書(控え)
- 相続財産の明細書
- 譲渡した財産の相続税評価額が分かる書類
空き家の3,000万円控除:
- 被相続人居住用家屋等確認書(市区町村発行)
- 耐震基準適合証明書または取壊し証明書
- 売買契約書(1億円以下の証明)
これらの書類は、確定申告時に添付する必要があります。
まとめ
相続で取得した戸建てを売却する際は、被相続人の取得費を引き継ぐルールや、相続税の取得費加算特例、空き家の3,000万円控除など、相続特有の税制を理解することが重要です。
特に、相続開始から3年10ヶ月以内という期限や、耐震基準などの要件は複雑なため、売却を検討する際は早めに税理士や不動産の専門家に相談することをおすすめします。
よくある質問
Q1: 相続した戸建てを売却するときの取得費はどうなりますか?
A: 被相続人(亡くなった方)が取得した時期と金額を引き継ぎます。例えば、被相続人が30年前に3,000万円で購入した戸建ては、その3,000万円(建物は減価償却後)が取得費の基準となります。取得費が不明な場合は、売却価格の5%を概算取得費として計上しますが、税負担が大幅に増えるため、購入時の契約書を探すことが重要です。
Q2: 相続税の取得費加算特例とはどのような制度ですか?
A: 相続で不動産を取得し、相続税を支払った場合、相続開始から3年10ヶ月以内に売却すれば、支払った相続税の一部を取得費に加算できる特例です。これにより譲渡所得が圧縮され、譲渡所得税を軽減できます。ただし、この期限を1日でも過ぎると適用できないため、売却時期の計画が重要です。
Q3: 相続した空き家を売却する場合の3,000万円控除とは?
A: 被相続人が一人暮らしだった家屋を相続し、一定要件を満たして売却した場合、譲渡所得から最大3,000万円を控除できる特例です。適用には、昭和56年5月31日以前の建築、耐震基準を満たすか取壊し、相続開始から3年後の12月31日までの売却、売却価格1億円以下などの要件があります。これらの要件は複雑なため、専門家への相談をおすすめします。
Q4: 相続登記前に売却することは可能ですか?
A: 法的には可能ですが、実務上は相続登記を完了しないと売却できません。また、令和6年4月から相続登記が義務化されており、相続を知った日から3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科される可能性があります。登記の有無にかかわらず、売却すれば譲渡所得税は発生するため、早めに相続登記を完了することをおすすめします。