親から相続した中古マンションを売却する際、相続税と譲渡所得税という2つの税金が関わります。特に、複数の相続人がいる場合は遺産分割協議や換価分割のポイントを理解する必要があります。この記事では、相続した中古マンションの売却における税務処理の実務的な知識、評価方法、売却タイミングによる税負担の違いを解説します。
この記事のポイント
- 相続マンションの評価は土地(路線価)と建物(固定資産税評価額)で計算
- 相続税の基礎控除は3,000万円+600万円×法定相続人の数
- 相続開始から3年10ヶ月以内の売却で取得費加算の特例が適用可能
- 小規模宅地等の特例でマンションの敷地権評価を最大80%減額可能
- 相続登記は2024年4月から義務化、3年以内の手続きが必要
相続マンション売却の相続税・贈与税の基礎知識
相続税と譲渡所得税の違い
相続したマンションを売却する場合、まず相続時に相続税が課税され、その後売却時に譲渡所得税が課税される可能性があります。
相続税 相続税は、被相続人の死亡により財産を取得した場合に課される税金です(国税庁 相続税の計算)。基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」となります。
譲渡所得税 譲渡所得税は、売却価格から取得費・譲渡費用を差し引いた譲渡所得に対して課税されます。相続で取得した不動産の取得費は、被相続人が購入した際の価格を引き継ぎます。
税金の種類 | 課税時期 | 計算基準 |
---|---|---|
相続税 | 相続時 | 相続財産の総額-基礎控除額 |
譲渡所得税 | 売却時 | 売却価格-取得費-譲渡費用 |
贈与税との関係
贈与税は、個人から財産をもらったときに課される税金です(国税庁 贈与税の計算と税率)。暦年課税の基礎控除は年110万円、相続時精算課税制度では2,500万円まで特別控除があります。
相続時精算課税制度
相続時精算課税制度は、60歳以上の父母または祖父母から、18歳以上の子または孫への贈与について、2,500万円まで贈与税を非課税とし、相続時に相続財産に加算して相続税を計算する制度です。この制度を選択すると、暦年課税に戻ることができないため、慎重な判断が必要です。
マンション特有の税務ポイント
中古マンションの場合、建物の固定資産税評価額は経年劣化により新築時より低くなります。一方、土地(敷地権)の評価は路線価により計算されるため、立地によっては評価額が上昇している場合もあります。
共同相続時の注意点
複数の相続人がいる場合、遺産分割協議により各相続人の取得分を決定します。マンションを売却して現金化する「換価分割」を選択する場合、全相続人の同意が必要です。
相続税の計算と評価方法
相続税の基礎控除
相続税は、相続財産の総額が基礎控除額を超えた場合に課税されます。基礎控除額の計算式は以下の通りです。
基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
法定相続人の数 | 基礎控除額 |
---|---|
1人 | 3,600万円 |
2人 | 4,200万円 |
3人 | 4,800万円 |
4人 | 5,400万円 |
例えば、被相続人の配偶者と子2人が相続人の場合、法定相続人は3人となり、基礎控除額は4,800万円となります。
マンションの評価方法(建物・土地)
中古マンションの相続税評価額は、建物部分と土地部分で計算方法が異なります(国税庁 不動産の評価方法)。
建物の評価
- 固定資産税評価額がそのまま相続税評価額となる
- 中古マンションの場合、経年劣化により新築時より低い評価となる
- 築年数が経過するほど評価額は下がる
土地(敷地権)の評価
- 路線価 × 敷地権割合 × 専有面積に対応する土地面積
- 路線価は公示価格の約80%が目安
- 敷地権割合は専有面積の割合で按分される
評価額の具体例
例えば、専有面積70㎡の中古マンションの場合:
項目 | 金額 |
---|---|
建物の固定資産税評価額 | 800万円 |
敷地権の評価額(路線価×敷地権割合) | 1,200万円 |
マンションの相続税評価額 | 2,000万円 |
固定資産税評価額と路線価
固定資産税評価額は、毎年4月頃に市区町村から送付される固定資産税納税通知書に記載されています。3年ごとに評価替えが行われます。
路線価は、国税庁のホームページ「路線価図・評価倍率表」で確認できます。路線価が定められていない地域では、固定資産税評価額に一定の倍率を乗じて計算します。
相続税申告期限(10ヶ月以内)
相続税の申告は、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に行う必要があります(国税庁 相続税の申告と納税)。申告期限までに申告しない場合、延滞税や加算税が課される可能性があります。
譲渡所得税と取得費加算の特例
相続マンション売却時の譲渡所得税
相続したマンションを売却する場合、譲渡所得税が課税される可能性があります。譲渡所得は以下の式で計算されます。
譲渡所得 = 売却価格 - 取得費 - 譲渡費用
相続した不動産の取得費は、被相続人が購入した際の価格を引き継ぎます。取得費が不明な場合は、売却価格の5%を取得費とすることができますが、これでは譲渡所得が大きくなり、税負担が増加します。
譲渡所得税の税率
所有期間 | 所得税 | 住民税 | 合計 |
---|---|---|---|
短期譲渡(5年以下) | 30% | 9% | 39% |
長期譲渡(5年超) | 15% | 5% | 20% |
相続した不動産の所有期間は、被相続人が取得した日から計算されるため、多くの場合、長期譲渡所得となります。
取得費加算の特例とは
取得費加算の特例は、相続税を支払った場合、相続開始から3年10ヶ月以内の売却で相続税額の一部を取得費に加算できる制度です(国税庁 取得費加算の特例)。
この特例により、譲渡所得を圧縮し、譲渡所得税を軽減できます。
3年10ヶ月以内の売却要件
取得費加算の特例は、相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)の翌日から3年以内、つまり相続開始から3年10ヶ月以内に売却する必要があります。この期限を過ぎると特例は使えません。
適用要件
- 相続または遺贈により財産を取得した者であること
- その財産について相続税が課税されていること
- 相続税の申告期限の翌日から3年以内に譲渡すること
計算方法と節税効果
加算額の計算式 加算額 = 相続税額 × 譲渡資産の相続税評価額 ÷ 相続財産総額
具体例
- 相続税額:1,000万円
- マンションの相続税評価額:2,000万円
- 相続財産総額:1億円
加算額 = 1,000万円 × 2,000万円 ÷ 1億円 = 200万円
この200万円を取得費に加算できるため、譲渡所得が200万円減少し、譲渡所得税(長期譲渡20.315%)が約41万円軽減されます。
3,000万円特別控除との選択
居住用財産3,000万円特別控除
居住用財産を売却した場合、所有期間にかかわらず譲渡所得から最大3,000万円を控除できます。被相続人が居住していたマンション、または相続後に相続人が居住していた場合に適用できる可能性があります。
適用要件
- 自己の居住用財産であること
- 売却した年の前年・前々年に特例を受けていないこと
- 親族等への売却でないこと
空き家の3,000万円特別控除
被相続人が一人暮らしで居住していた家屋を相続し、一定の要件を満たして売却した場合、空き家の3,000万円特別控除を適用できる場合があります。ただし、マンションは適用対象外となるケースが多いため、事前に確認が必要です。
取得費加算特例との選択適用
居住用財産の3,000万円特別控除と取得費加算の特例は、両方の要件を満たす場合でも併用できません。どちらか一方を選択して適用する必要があります。
どちらを選ぶべきか
3,000万円特別控除が有利なケース
- 譲渡所得が3,000万円以下の場合
- 相続税額が少ない場合
- 被相続人または相続人が居住していた場合
取得費加算特例が有利なケース
- 譲渡所得が3,000万円を大きく超える場合
- 相続税額が高額な場合
- 居住用財産の要件を満たさない場合
具体的な数字でシミュレーションして、有利な方を選択することが重要です。
小規模宅地等の特例の影響
小規模宅地等の特例の概要
小規模宅地等の特例は、被相続人が居住していた宅地について、一定の要件を満たせば相続税評価額を80%減額できる特例です(国税庁 小規模宅地等の特例)。
マンションでの適用要件
マンションの場合、敷地権に対応する土地面積が対象となります。
主な適用要件
- 被相続人の居住用宅地であること
- 相続人が配偶者、または同居親族であること
- 相続税の申告期限まで保有・居住を継続すること
- 限度面積は330㎡まで
敷地権割合に応じた土地面積で判定されるため、多くのマンションで特例の上限(330㎡)内に収まります。
特例適用後の取得費への影響
小規模宅地等の特例は相続税の軽減制度であり、売却時の譲渡所得税には直接影響しません。ただし、相続税が少ない分、取得費加算の特例で加算できる金額も少なくなります。
売却時の注意点
小規模宅地等の特例は、相続税の申告期限まで保有・居住を継続することが要件となります。早期に売却する場合は特例を適用できないため、以下の判断が必要です。
- 特例を優先する場合:相続税の申告期限(10ヶ月)まで保有し、特例を適用してから売却
- 売却を優先する場合:特例を諦めて早期に売却し、市場動向に応じた価格で売却
相続手続きと申告の流れ
相続登記の義務化(3年以内)
2024年4月から相続登記が義務化されました。相続により不動産を取得した場合、相続を知った日から3年以内に相続登記を行う必要があります。正当な理由なく登記を怠ると、10万円以下の過料が科される可能性があります。
売却する場合でも、まず相続登記を完了させてから売却手続きを進めることが必須です。
相続税申告(10ヶ月以内)
相続税の申告は、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に行う必要があります。申告期限までに申告しない場合、延滞税や加算税が課される可能性があります。
小規模宅地等の特例を適用するためには、申告が必須となります。
譲渡所得税の確定申告
マンションを売却した場合、売却した翌年の2月16日から3月15日までに確定申告を行う必要があります。取得費加算の特例や3,000万円特別控除を適用する場合も、確定申告が必須です。
確定申告を怠ると、特例を適用できないだけでなく、無申告加算税や延滞税が課される可能性があります。
専門家への相談タイミング
相続マンションの売却では、以下のタイミングで専門家に相談することをおすすめします。
相続発生時
- 相続税申告と将来の売却計画を税理士に相談
- 小規模宅地等の特例の適用可否を確認
- 遺産分割協議や換価分割の方法を検討
売却検討時
- 不動産会社に査定を依頼
- 譲渡所得のシミュレーションを税理士に依頼
- 3,000万円特別控除と取得費加算特例の有利判定
売却決定時
- 特例選択と確定申告の準備を税理士に依頼
- 遺産分割協議書の作成(共同相続の場合)
まとめ
親から相続した中古マンションを売却する際は、相続税と譲渡所得税の二重課税構造を理解し、小規模宅地等の特例・取得費加算の特例・3,000万円特別控除などの税制優遇を適切に選択することが重要です。
中古マンションの評価は、建物(固定資産税評価額)と土地(路線価×敷地権割合)で計算され、築年数に応じて建物評価額が下がるため、新築より相続税評価が低くなる傾向があります。
取得費加算の特例は相続開始から3年10ヶ月以内、小規模宅地等の特例は相続税の申告期限(10ヶ月)まで保有・居住を継続することが要件となるため、売却タイミングの見極めが節税効果を左右します。
2024年4月から相続登記が義務化されたため、3年以内の手続きを忘れずに行いましょう。複数の相続人がいる場合は、遺産分割協議や換価分割の方法を事前に検討することが重要です。税理士や不動産会社への相談タイミングを適切に設定し、具体的な数字でシミュレーションすることで、最適な売却を実現できます。