相続マンション売却の相続税・贈与税の基礎知識
相続した中古マンションを転勤で売却する場合、相続税・贈与税・譲渡所得税の3つの税金が関係します。特に転勤のタイミングと相続が重なる場合、小規模宅地等の特例の適用可否や、取得費加算の特例の活用が重要になります。
国税庁によれば、相続税と譲渡所得税は別々の税金であり、相続税は相続時に課税され、譲渡所得税は売却時に課税されます。相続開始から3年10ヶ月以内に売却すれば「取得費加算の特例」で、支払った相続税の一部を取得費に加算でき、譲渡所得税を軽減できます。
この記事のポイント:
- 相続税と譲渡所得税は別々の税金で、相続税は相続時、譲渡所得税は売却時に課税される
- 小規模宅地等の特例でマンション敷地権の評価額を最大80%減額できる(330㎡まで)
- 相続開始から3年10ヶ月以内に売却すれば、取得費加算の特例で相続税の一部を取得費に加算可能
- 3,000万円特別控除と取得費加算特例は併用不可のため、どちらが有利か試算が必要
- 相続登記は2024年4月から義務化(3年以内)、違反すると10万円以下の過料
(1) 相続税と譲渡所得税の違い
相続税と譲渡所得税は、以下のように異なります:
項目 | 相続税 | 譲渡所得税 |
---|---|---|
課税タイミング | 相続発生時 | マンション売却時 |
課税対象 | 相続財産全体 | 売却益(譲渡所得) |
基礎控除 | 3,000万円+600万円×法定相続人数 | なし(特例で3,000万円控除あり) |
税率 | 10~55%(累進税率) | 20.315%または39.63% |
これらは別々の税金であり、それぞれ独立して計算されます。
(2) 贈与税との関係
生前贈与でマンションを取得した場合、贈与税が課税されます。贈与税には以下の2つの制度があります:
- 暦年課税: 年間110万円まで非課税。超える部分に累進税率(10~55%)
- 相続時精算課税: 累計2,500万円まで贈与税非課税。贈与者の相続時に相続財産に加算
どちらが有利かは、相続財産の総額・贈与時期・評価額などにより異なります。
(3) マンション特有の税務ポイント
マンションの相続税評価額は、以下の合計で計算されます:
- 建物: 固定資産税評価額
- 敷地権: 路線価×敷地権割合
一般的に、マンションの相続税評価額は時価の50~70%程度になることが多く、現金で相続するよりも評価額が低くなります。これが不動産相続の節税効果と言われる理由です。
2. 相続税の計算と評価方法
(1) 相続税の基礎控除
相続税の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」です。
計算例:
- 法定相続人が2人の場合: 3,000万円+600万円×2=4,200万円
- 法定相続人が3人の場合: 3,000万円+600万円×3=4,800万円
相続財産の合計がこの基礎控除額以下であれば、相続税は課税されません。
(2) マンションの評価方法(建物・土地)
マンションの相続税評価額は、以下の合計で計算されます:
建物部分:
評価額 = 固定資産税評価額
固定資産税評価額は、市町村が決定する評価額で、新築時の建築費の50~70%程度になることが多いです。
土地部分(敷地権):
評価額 = 路線価 × 敷地全体の面積 × 敷地権割合
敷地権割合は、登記事項証明書に記載されています。
(3) 固定資産税評価額と路線価
固定資産税評価額:
- 市町村が決定する評価額
- 3年に1度評価替え
- 時価の50~70%程度
路線価:
- 国税庁が毎年7月に公表
- 1㎡あたりの評価額
- 時価の80%程度
(4) 相続税申告期限(10ヶ月以内)
相続税の申告期限は、被相続人の死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内です。
申告期限の計算例:
- 2024年4月15日に死亡
- 申告期限: 2025年2月15日まで
この期限内に申告・納付しないと、延滞税や加算税が課される可能性があります。
3. 譲渡所得税と取得費加算の特例
(1) 相続マンション売却時の譲渡所得税
譲渡所得税は、以下の式で計算されます:
譲渡所得 = 売却価格 - 取得費 - 譲渡費用
譲渡所得税 = 譲渡所得 × 税率
取得費:
- 相続の場合: 被相続人の取得費を引き継ぐ
- 取得費が不明な場合: 売却価格の5%を取得費とする
税率:
- 所有期間5年超: 20.315%(長期譲渡所得)
- 所有期間5年以下: 39.63%(短期譲渡所得)
(2) 取得費加算の特例とは
相続税の申告期限(死亡から10ヶ月)から3年以内、つまり相続開始から3年10ヶ月以内に中古マンションを売却した場合、「取得費加算の特例」が適用できます。
加算できる相続税額の計算式:
加算額 = 相続税額 × (譲渡した財産の相続税評価額 / 相続財産の合計額)
この特例により、支払った相続税の一部を譲渡所得の取得費に加算でき、譲渡所得税を大幅に軽減できる可能性があります。
(3) 3年10ヶ月以内の売却要件
取得費加算の特例は、相続開始から3年10ヶ月以内に売却した場合にのみ適用できます。
期限の計算例:
- 2024年4月15日に死亡
- 相続税申告期限: 2025年2月15日
- 取得費加算特例の期限: 2028年2月15日まで
この期限を過ぎると取得費加算の特例が使えなくなるため、転勤で売却する場合は、この期限を意識してタイミングを判断することが重要です。
(4) 計算方法と節税効果
計算例:
- 相続税額: 500万円
- 譲渡したマンションの相続税評価額: 2,000万円
- 相続財産の合計額: 1億円
加算額 = 500万円 × (2,000万円 / 1億円) = 100万円
この100万円を取得費に加算できます。
節税効果:
- 譲渡所得: 500万円(加算前)
- 加算額: 100万円
- 譲渡所得(加算後): 400万円
- 節税額: 100万円 × 20.315% ≒ 20万円
4. 3,000万円特別控除との選択
(1) 居住用財産3,000万円特別控除
相続したマンションに自分が住んでいた場合、居住用財産の3,000万円特別控除が適用できる可能性があります。
適用要件:
- 自己の居住用財産であること
- 転居後3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却
- 親子・夫婦など特別な関係者への売却でないこと
(2) 空き家の3,000万円特別控除
相続後に一度も住んでいない空き家の場合、「空き家の3,000万円特別控除」が適用できる可能性があります。
適用要件:
- 被相続人が1人で居住していたこと
- 昭和56年5月31日以前に建築された戸建て住宅
- 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却
- 売却価格が1億円以下
マンションの場合、この特例は適用できません(戸建て住宅のみ)。
(3) 取得費加算特例との選択適用
3,000万円特別控除と取得費加算の特例は、**併用できません。**どちらか一方を選択する必要があります。
(4) どちらを選ぶべきか
3,000万円特別控除が有利な場合:
- 譲渡所得が3,000万円以下
- 相続税を支払っていない、または少額
- 相続したマンションに自分が住んでいた
取得費加算特例が有利な場合:
- 譲渡所得が3,000万円を大幅に超える
- 相続税を高額に支払った
- 相続後に一度も住んでいない(3,000万円控除が使えない)
個別事情により最適な選択は異なるため、税理士に相談してシミュレーションすることをお勧めします。
5. 小規模宅地等の特例の影響
(1) 小規模宅地等の特例の概要
小規模宅地等の特例は、被相続人が居住していた宅地について、330㎡まで評価額を80%減額できる制度です。
(2) マンションでの適用要件
マンションの場合、敷地権割合に応じた土地部分が特例の対象となります。
適用要件:
- 被相続人が居住していたマンションであること
- 配偶者が取得する場合: 無条件で適用
- 同居親族が取得する場合: 相続税の申告期限まで居住・所有を継続
- 別居親族が取得する場合: 「家なき子特例」の要件を満たすこと
転勤中でも、以下の条件を満たせば「同居親族」として特例を適用できる可能性があります:
- 転勤期間中も生活の本拠がマンションにある
- 家財道具等がそのまま残っている
- 転勤終了後に戻る意思がある
- 配偶者・子供が引き続き居住している
(3) 特例適用後の取得費への影響
小規模宅地等の特例は相続税の軽減制度であり、売却時の譲渡所得税には直接影響しません。
ただし、相続税が少ない分、取得費加算の特例で加算できる金額も少なくなります。
例:
- 小規模宅地等の特例なし: 相続税500万円
- 小規模宅地等の特例あり: 相続税100万円
- 取得費加算額の差: 400万円 × (相続マンション評価額 / 相続財産合計額)
(4) 売却時の注意点
小規模宅地等の特例を適用した場合でも、売却時の取得費は特例適用前の相続税評価額ではなく、被相続人の取得費を引き継ぎます。
そのため、特例適用の有無は、譲渡所得の計算には直接影響しません。
6. 相続手続きと申告の流れ
(1) 相続登記の義務化(3年以内)
2024年4月1日から相続登記が義務化されました。相続開始を知った日から3年以内に登記しないと、10万円以下の過料が科される可能性があります。
登記の流れ:
- 被相続人の戸籍謄本等を取得
- 遺産分割協議書を作成
- 相続人全員の印鑑証明書を取得
- 法務局に登記申請
転勤で売却する場合でも、相続登記を完了させてから売却することが一般的です。登記手続きは司法書士に依頼することが多く、費用は5~10万円程度が相場です。
(2) 相続税申告(10ヶ月以内)
相続税の申告期限は、被相続人の死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内です。
必要書類:
- 相続税申告書
- 被相続人の戸籍謄本(出生から死亡まで)
- 相続人全員の戸籍謄本
- 遺産分割協議書
- マンションの登記事項証明書
- 固定資産税評価証明書
- 路線価図(土地評価用)
(3) 譲渡所得税の確定申告
譲渡所得税の確定申告は、マンションを売却した年の翌年2月16日~3月15日に行います。
必要書類:
- 確定申告書(第一表・第二表)
- 譲渡所得の内訳書(確定申告書付表兼計算明細書)
- 売買契約書のコピー(売却時・購入時)
- 登記事項証明書
- 仲介手数料等の領収書
- (取得費加算の特例を適用する場合)相続税申告書の写し
- (3,000万円控除を適用する場合)住民票の写し
(4) 専門家への相談タイミング
相続から売却までのスケジュールは複雑であり、以下のタイミングで専門家に相談することをお勧めします:
相続発生時:
- 司法書士: 相続登記の手続き
- 税理士: 相続税申告の相談、小規模宅地等の特例の適用可否
売却検討時:
- 不動産会社: 査定・売却相談
- 税理士: 取得費加算特例と3,000万円控除のどちらが有利か試算
売却後:
- 税理士: 譲渡所得税の確定申告
転勤による売却の場合、転勤前にこれらの相談を済ませておくことが重要です。
まとめ
相続した中古マンションを転勤で売却する場合、相続税・贈与税・譲渡所得税の3つの税金が関係します。相続税と譲渡所得税は別々の税金であり、相続税は相続時に課税され、譲渡所得税は売却時に課税されます。
小規模宅地等の特例でマンション敷地権の評価額を最大80%減額できますが、相続税の申告期限(10ヶ月)まで居住・所有を継続する必要があります。転勤中でも、配偶者・子供が引き続き居住している場合は「同居親族」として特例を適用できる可能性があります。
相続開始から3年10ヶ月以内に売却すれば「取得費加算の特例」で、支払った相続税の一部を取得費に加算でき、譲渡所得税を軽減できます。3,000万円特別控除と取得費加算特例は併用不可のため、どちらが有利か試算が必要です。一般的に、譲渡所得が3,000万円以下なら3,000万円控除、それを超える場合や相続税が高額な場合は取得費加算特例が有利です。
相続登記は2024年4月から義務化されており、3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科される可能性があります。転勤で売却する場合でも、相続登記を完了させてから売却することが一般的です。転勤と相続が重なる場合は、早めに専門家に相談してスケジュールを立てることをお勧めします。