相続した中古戸建て売却契約の全体像
相続により取得した中古戸建てを売却する場合、通常の不動産売却とは異なる手続きや注意点があります。特に相続登記の完了や相続人間での合意形成が重要となります。
(1) 相続から売却までの流れ
相続した戸建ての売却は、以下の流れで進行します。
- 相続発生: 被相続人の死亡により相続開始
- 遺産分割協議: 相続人全員で遺産の分配方法を協議
- 遺産分割協議書作成: 協議内容を文書化(相続人全員が署名・押印)
- 相続登記: 法務局で所有権移転登記を実施(2024年4月から義務化)
- 査定・媒介契約: 不動産会社による査定と媒介契約の締結
- 売却活動: 購入希望者の募集と内覧対応
- 重要事項説明・売買契約: 宅地建物取引士による重要事項説明と契約締結
- 残代金決済・引渡し: 残代金受領と同時に所有権移転登記、売却代金の分配
国土交通省の「不動産売買契約の手引き」によれば、重要事項説明は契約締結前に宅地建物取引士が行う必要があります。
(2) 共有名義の場合の手続き
相続により複数の相続人が共有名義となる場合、売却の手続きが複雑になります。
共有名義の売却:
- 共有者全員の同意が必要: 民法第251条により、共有者全員の同意が必須
- 遺産分割協議で決定: 売却方法・売却価格・代金分配を協議
- 売買契約書に全員署名: 共有者全員が売買契約書に署名・押印
- 全員の印鑑証明書が必要: 決済時に相続人全員の印鑑証明書を提出
一人でも反対する相続人がいる場合、売却はできません。この場合、共有物分割請求訴訟により裁判所に分割を求めることになります。
相続登記と売買契約の準備
(1) 相続登記の義務化(2024年4月~)
2024年4月1日から、相続登記が義務化されました。
法務省の「相続登記の申請義務化について」によれば、以下のルールが適用されます。
相続登記義務化の内容:
- 申請期限: 相続により不動産を取得したことを知った日から3年以内
- 罰則: 正当な理由なく申請を怠った場合、10万円以下の過料
- 対象: 2024年4月1日以前の相続も対象(施行日から3年の猶予期間)
売却前の相続登記:
- 相続登記が完了していない不動産は、法的には売買契約が可能ですが、実務上は困難です
- 買主側の金融機関が住宅ローンの融資を認めないケースがほとんど
- 売買契約の前提条件として、相続登記の完了が求められます
相続登記の手続きは司法書士に依頼することが一般的です。
(2) 遺産分割協議書の準備
遺産分割協議書は、相続人全員で遺産の分配方法を協議し、合意内容を文書化したものです。
遺産分割協議書の記載内容:
- 被相続人の情報: 氏名・本籍地・死亡年月日
- 相続人の情報: 全相続人の氏名・住所・続柄
- 遺産の内容: 不動産の所在地・地番・家屋番号・床面積等
- 分割方法: 誰がどの財産を取得するか(売却して代金を分配する場合はその旨を記載)
- 署名押印: 相続人全員が署名・実印押印
売却を前提とした協議:
- 「相続人全員の合意により、下記不動産を売却し、売却代金から諸費用を控除した残額を相続人の法定相続分に応じて分配する」といった条項を記載
- 売却手続きの代表者を決定(媒介契約の締結・売買契約の署名等を代表者が行う)
遺産分割協議書の作成は弁護士や司法書士に依頼することが推奨されます。
(3) 相続人全員の同意取得
相続した戸建てを売却する場合、相続人全員の同意が必要です。
同意取得の方法:
- 遺産分割協議: 売却価格・売却時期・分配方法を協議
- 遺産分割協議書への記載: 売却に関する合意内容を文書化
- 実印押印: 相続人全員が実印を押印し、印鑑証明書を添付
相続人の中に行方不明者がいる場合や、判断能力が不十分な方がいる場合は、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任や成年後見人の選任を申し立てる必要があります。
売買契約書で確認すべき重要事項
(1) 売買代金と支払条件
売買契約書では、以下の点を確認します。
- 売買代金の内訳: 土地・建物の按分価格(税務申告に影響)
- 手付金の額: 通常は売買価格の5-10%程度
- 残代金の支払時期: 引渡し日と同日が一般的
- 分配方法: 相続人間での代金分配方法(遺産分割協議書に基づく)
売却代金から仲介手数料・測量費・登記費用等の諸費用を控除した残額を、遺産分割協議で定めた比率で分配します。
(2) 引渡し時期と条件
引渡し時期は、売主側の事情に応じて設定します。
- 引渡し期限: 契約締結後1-3ヶ月以内が一般的
- 空き家の場合: 引渡し時期を柔軟に設定可能
- 引渡し前の現況維持: 引渡しまでの間、物件を現状のまま維持する義務
相続した戸建てが既に空き家となっている場合、引渡し時期の調整は比較的容易です。
(3) 現況有姿か解体渡しか
古い戸建ての場合、建物の状態により以下のいずれかを選択します。
現況有姿(建物付き):
- 建物をそのままの状態で引き渡す
- 買主がリフォームまたは解体して利用
- 契約不適合責任の免責または期間短縮の特約を設定するケースが多い
解体渡し(更地):
- 売主が建物を解体し、更地にして引き渡す
- 解体費用は売主負担(一般的な木造戸建ての解体費用は100-200万円程度)
- 土地として売却するため、建物の契約不適合責任は発生しない
築年数が古く、建物の価値がほとんどない場合は、解体渡しを選択するケースもあります。
重要事項説明書のチェックポイント
(1) 建築確認の有無
戸建ての重要事項説明では、建築確認の有無を記載します。
- 建築確認済証: 新築時に建築基準法に適合していることを証明
- 検査済証: 完了検査を受け、建築基準法に適合していることを証明
古い戸建ての場合、建築確認済証や検査済証が紛失しているケースがあります。この場合、法務局または特定行政庁で建築確認の記録を調査できます。
(2) 既存不適格建築物の告知
建築時は適法だったが、法改正により現行法に不適合となった建築物を「既存不適格建築物」といいます。
既存不適格の例:
- 容積率・建ぺい率超過: 法改正により容積率・建ぺい率が厳格化され、現行法に不適合
- 接道義務不充足: 建築時は問題なかったが、現行法では幅員4m以上の道路に2m以上接することが必要
- 耐震基準: 1981年以前の旧耐震基準で建築された建物
既存不適格建築物は、現状のまま使用することは可能ですが、増改築時に現行法への適合が求められる場合があります。重要事項説明で買主に告知する必要があります。
(3) 接道義務の充足状況
建築基準法第43条により、建築物の敷地は幅員4m以上の道路に2m以上接する必要があります(接道義務)。
接道義務の確認:
- 前面道路の幅員: 測量図または現地で確認
- 接道の長さ: 敷地が道路に接している長さが2m以上か確認
- 建築基準法上の道路: 42条1項道路・2項道路(セットバック)等の種別
接道義務を満たしていない場合、原則として建物を再建築できません。この場合、重要事項説明で「再建築不可」と明示する必要があります。
(4) 境界確定の状況
戸建ての売却では、土地の境界が確定しているかが重要です。
- 確定測量図の有無: 隣地所有者の立会いのもと、境界を確定した測量図
- 境界標の有無: 境界を示す標識(コンクリート杭・金属プレート等)
- 越境物の有無: 隣地から越境している構造物(屋根・樹木等)
境界が未確定の場合、売主負担で確定測量を実施するか、現況有姿(境界未確定のまま)で売却するかを契約書に明記します。
契約不適合責任と告知義務
(1) 2020年民法改正の影響
2020年4月の民法改正により、瑕疵担保責任は「契約不適合責任」に変更されました。
契約不適合責任とは:
- 引き渡された目的物が種類・品質・数量に関して契約内容に適合しない場合、売主が負う責任
- 買主は、追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・契約解除を選択可能
- 買主が不適合を知った時から1年以内に通知が必要
国土交通省の「中古住宅の契約不適合責任」によれば、中古物件では特約により責任範囲を限定することが一般的とされています。
(2) 古い物件の免責・期間短縮
相続した戸建てが築年数の古い物件である場合、以下の特約を設定するケースがあります。
特約の例:
- 責任期間の短縮: 引渡し後3ヶ月以内(法定は1年)
- 一部免責: 経年劣化による不具合は免責
- 全部免責: 現況有姿での売却(築古物件で利用)
ただし、免責特約を設定する場合でも、売主が知っている不具合を告知しなかった場合は責任を免れません。
相続物件の告知義務:
- 相続人が物件の状況を十分に把握していない場合でも、告知義務は免除されません
- 生前に被相続人から聞いていた不具合や、内覧時に確認できる不具合は告知する必要があります
- 不明な点は「不明」と記載し、買主に調査を促すことが重要です
(3) 設備の現況と告知義務
設備の現況は、「付帯設備表」および「物件状況確認書(告知書)」に記載します。
付帯設備表の記載項目:
- 主要設備(キッチン・浴室・トイレ・給湯器・冷暖房設備等)
- 各設備の有無・撤去・故障の状況
- 不具合がある場合は具体的な状況を記載
物件状況確認書の記載項目:
- 雨漏り・シロアリ被害・給排水管の故障等の有無
- 近隣とのトラブル(境界紛争・騒音問題等)
- 過去の修繕履歴
- 心理的瑕疵: 過去に自殺・他殺・孤独死等があった場合は告知義務
相続物件の場合、被相続人が物件内で亡くなった場合(自然死)は原則として告知義務はありませんが、特殊な事情(孤独死で長期間発見されなかった等)がある場合は告知が推奨されます。
相続物件売却の税務
(1) 取得費加算の特例
相続により取得した不動産を売却した場合、相続税の一部を譲渡所得の取得費に加算できる特例があります。
国税庁の「相続した不動産の売却に関する税務」によれば、以下の要件を満たす場合に適用されます。
取得費加算の特例の要件:
- 相続または遺贈により財産を取得した者であること
- 相続税が課税されていること
- 相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月)から3年以内に譲渡すること
加算できる金額:
- 加算額 = 相続税額 × (譲渡した不動産の相続税評価額 / 相続財産の合計額)
この特例により、譲渡所得を圧縮し、税負担を軽減できます。
(2) 空き家の3000万円特別控除
相続した空き家を一定の要件のもとで売却した場合、譲渡所得から最高3,000万円まで控除できる特例があります。
国税庁の「空き家に係る譲渡所得の特別控除」によれば、以下の要件を満たす必要があります。
空き家の3000万円特別控除の要件:
- 相続開始直前まで被相続人が一人で居住していた家屋であること
- 1981年5月31日以前に建築された家屋(旧耐震基準)であること
- 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡すること
- 譲渡価額が1億円以下であること
- 譲渡時に耐震リフォームを実施するか、家屋を取り壊して更地で譲渡すること
この特例は、空き家の増加を抑制し、流通を促進するための政策的な措置です。
(3) 譲渡所得税の計算
相続した戸建てを売却した場合、譲渡所得に対して所得税・住民税が課税されます。
譲渡所得の計算:
- 譲渡所得 = 譲渡価額 - 取得費 - 譲渡費用
- 取得費 = 被相続人の購入価格 - 減価償却費(相続人が相続により取得した価額ではなく、被相続人が購入した価額を引き継ぐ)
- 譲渡費用 = 仲介手数料・測量費・登記費用・解体費用等
取得費が不明な場合:
- 概算取得費: 譲渡価額の5%を取得費とする(実際の取得費が不明な場合)
税率(所有期間により異なる):
- 短期譲渡所得(所有期間5年以下): 所得税30% + 住民税9% = 39%
- 長期譲渡所得(所有期間5年超): 所得税15% + 住民税5% = 20%
相続の場合、被相続人の所有期間を引き継ぐため、多くのケースで長期譲渡所得となります。
税務処理については、税理士への相談を推奨します。
まとめ
相続した中古戸建ての売却では、相続登記の完了、遺産分割協議書の作成、相続人全員の同意取得が必要です。2024年4月から相続登記が義務化されたため、売却前に必ず登記を完了させる必要があります。
売買契約書では、売買代金・引渡し時期・現況有姿か解体渡しかを明確にし、重要事項説明書では建築確認の有無・既存不適格建築物の告知・接道義務の充足状況・境界確定の状況を確認します。
契約不適合責任については、古い物件では免責・期間短縮の特約を設定することが一般的ですが、売主が知っている不具合は必ず告知する必要があります。相続物件の場合、物件の状況を十分に把握していない場合でも告知義務は免除されません。
税務処理では、取得費加算の特例(相続税の申告期限から3年以内)や空き家の3,000万円特別控除(相続開始から3年以内)等の優遇措置を活用することで、税負担を軽減できる可能性があります。税理士への相談を推奨します。
よくある質問
Q1: 相続登記が完了していなくても売買契約は可能ですか?
A: 法的には相続登記が完了していなくても売買契約を締結することは可能ですが、実務上は極めて困難です。買主側の金融機関が住宅ローンの融資を認めないケースがほとんどであり、売買契約の前提条件として相続登記の完了が求められます。また、2024年4月1日から相続登記が義務化され、相続により不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請しなければ、10万円以下の過料が科される可能性があります。売却を検討する場合は、まず相続登記を完了させることが重要です。
Q2: 共有名義の戸建てを売却する場合の注意点は?
A: 共有名義の不動産を売却する場合、民法第251条により共有者全員の同意が必須です。遺産分割協議で売却方法・売却価格・代金分配を決定し、売買契約書に共有者全員が署名・押印する必要があります。また、決済時には相続人全員の印鑑証明書が必要となります。一人でも反対する相続人がいる場合は売却できません。この場合、最終的には共有物分割請求訴訟により裁判所に分割を求めることになります。協議が円滑に進むよう、弁護士や司法書士のサポートを受けることが推奨されます。
Q3: 空き家の3000万円特別控除とは何ですか?
A: 空き家の3,000万円特別控除とは、相続した空き家を一定の要件のもとで売却した場合、譲渡所得から最高3,000万円まで控除できる特例です。主な要件は、(1)相続開始直前まで被相続人が一人で居住していたこと、(2)1981年5月31日以前に建築された旧耐震基準の家屋であること、(3)相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡すること、(4)譲渡価額が1億円以下であること、(5)譲渡時に耐震リフォームを実施するか家屋を取り壊して更地で譲渡すること、です。この特例は空き家の流通を促進するための政策的措置であり、適用要件が複雑なため、税理士への相談を推奨します。
Q4: 古い戸建ての契約不適合責任はどこまで負いますか?
A: 2020年4月の民法改正により、売主は引き渡した物件が契約内容に適合しない場合に契約不適合責任を負います。ただし、相続した築年数の古い戸建てでは、特約により責任期間を短縮(引渡し後3ヶ月程度)したり、経年劣化による不具合を免責したり、現況有姿として全部免責したりすることが一般的です。ただし、免責特約を設定した場合でも、売主が知っている不具合を告知しなかった場合は責任を免れません。相続物件の場合、物件の状況を十分に把握していない場合でも告知義務は免除されないため、生前に被相続人から聞いていた不具合や、内覧時に確認できる不具合は付帯設備表および物件状況確認書に正確に記載することが重要です。