相続したマンションを売却する際の譲渡所得税とは
相続でマンションを取得した際、多くの方が「売却したら税金はどうなるのか」と疑問を持たれます。相続したマンションの売却には、通常の不動産売却とは異なる税務上の取扱いがあり、特に取得費の計算方法や適用できる特例について理解しておくことが重要です。
相続したマンションの売却で押さえておくべきポイントは以下の通りです。
- 取得費は被相続人の取得費を引き継ぐ(相続時の評価額ではない)
- 相続税の取得費加算の特例で相続税の一部を取得費に加算できる
- 適用期限は相続開始から3年10ヶ月以内と厳格
- 所有期間は被相続人の取得日から計算する
- 相続後に居住すれば3000万円特別控除を適用できる可能性がある
本記事では、国税庁の公式情報を基に、相続したマンション売却時の譲渡所得税の計算方法から特例の選択、確定申告の手続きまで詳しく解説します。
1. 相続したマンション売却と譲渡所得税の基本
(1) 譲渡所得税とは
譲渡所得税は、不動産などの資産を売却して得た利益(譲渡所得)に対して課される税金です。国税庁の「譲渡所得の計算方法」によれば、基本的な計算式は以下の通りです。
譲渡所得 = 譲渡価額 - (取得費 + 譲渡費用)
課税譲渡所得 = 譲渡所得 - 特別控除
譲渡所得税 = 課税譲渡所得 × 税率
(2) 相続と譲渡所得税の関係
相続でマンションを取得した場合、相続そのものには譲渡所得税は課税されません。課税されるのは、相続した後にマンションを売却した時点です。
税金の種類と課税時期:
税金の種類 | 課税時期 | 納税期限 |
---|---|---|
相続税 | 相続時 | 相続開始から10ヶ月以内 |
譲渡所得税 | 売却時 | 売却した年の翌年2月16日〜3月15日 |
重要: 相続税と譲渡所得税は別々の税金ですが、「相続税の取得費加算の特例」により連動する場合があります。
(3) 所有期間の判定(相続開始日ではなく被相続人の取得日)
相続したマンションの所有期間は、相続開始日(被相続人の死亡日)ではなく、被相続人が取得した日から計算します。
所有期間による税率:
区分 | 所有期間 | 所得税 | 住民税 | 復興特別所得税 | 合計税率 |
---|---|---|---|---|---|
短期譲渡所得 | 5年以内 | 30% | 9% | 0.63% | 39.63% |
長期譲渡所得 | 5年超 | 15% | 5% | 0.315% | 20.315% |
判定例:
- 被相続人の取得日: 2010年4月
- 相続開始日: 2020年6月
- 売却日: 2025年2月
- 判定日(売却年の1月1日): 2025年1月1日
- 所有期間: 2010年4月〜2025年1月1日で14年以上
- 結果: 長期譲渡所得(税率20.315%)
このように、被相続人の所有期間を引き継げるため、相続後すぐに売却しても長期譲渡所得として低い税率が適用される可能性があります。
2. 取得費の計算方法|被相続人の取得費を引き継ぐ
(1) 取得費の引き継ぎルール
国税庁の「相続により取得した資産の取得費」によれば、相続した不動産の取得費は、被相続人の取得費をそのまま引き継ぎます。
取得費の計算:
取得費 = 被相続人の購入価格 + 購入時の諸費用 - 減価償却費
重要なポイント:
- 相続時の評価額(相続税評価額)は取得費にならない
- 被相続人が購入した時の価格が基準
- 被相続人が支払った仲介手数料、登記費用なども取得費に含める
計算例:
- 被相続人の購入価格(土地・建物): 3,000万円
- 購入時の諸費用: 150万円
- 減価償却費(建物部分): 500万円
- 取得費: 3,000万円 + 150万円 - 500万円 = 2,650万円
(2) 取得費不明の場合(概算取得費)
被相続人が購入した時期が古く、売買契約書などの証憑が残っていない場合、概算取得費として売却価格の5%を取得費とすることができます。
概算取得費の計算:
概算取得費 = 売却価格 × 5%
計算例:
- 売却価格: 4,000万円
- 概算取得費: 4,000万円 × 5% = 200万円
- 譲渡費用: 150万円
- 譲渡所得: 4,000万円 - (200万円 + 150万円)= 3,650万円
注意: 概算取得費を使うと譲渡所得が大きくなり、税金が高額になる傾向があります。可能な限り、被相続人の購入時の書類を探すことをおすすめします。
(3) 減価償却の考え方
建物部分については、被相続人の所有期間中の減価償却費を計算する必要があります。
居住用(非事業用)の減価償却:
- 鉄筋コンクリート造(RC造): 耐用年数70年、償却率0.015
- 鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造): 耐用年数70年、償却率0.015
計算式:
減価償却費 = 建物取得価額 × 0.9 × 0.015 × 経過年数
計算例:
- 建物取得価額: 2,000万円
- 被相続人の所有期間: 30年
- 減価償却費: 2,000万円 × 0.9 × 0.015 × 30年 = 810万円
- 建物の取得費: 2,000万円 - 810万円 = 1,190万円
3. 相続税の取得費加算の特例
(1) 特例の仕組みと適用要件
国税庁の「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」によれば、相続税を支払った場合、その一部を譲渡所得の取得費に加算できる特例があります。
特例の効果: 取得費が増える → 譲渡所得が減る → 譲渡所得税が減る
主な適用要件:
- 相続または遺贈により財産を取得したこと
- その財産について相続税が課税されたこと
- 相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すること
(2) 3年以内の売却が必要な理由
適用期限の計算は以下のように行います。
期限の計算例:
- 相続開始日: 2023年6月15日
- 相続税申告期限: 2024年4月15日(相続開始から10ヶ月後)
- 特例適用期限: 2027年4月15日(申告期限から3年後)
- 実質的な期限: 相続開始から3年10ヶ月
この期限を過ぎると、相続税を支払っていても取得費加算の特例は適用できなくなります。
(3) 加算できる相続税の計算方法
取得費に加算できる相続税の金額は、以下の計算式で求められます。
取得費加算額 = 相続税額 × (譲渡した財産の相続税評価額 / 相続税の課税価格)
計算例:
- 支払った相続税総額: 500万円
- 相続財産の総額: 1億円
- マンションの相続税評価額: 3,000万円
- 取得費加算額: 500万円 × (3,000万円 / 1億円)= 150万円
この150万円を取得費に加算できます。
特例適用後の譲渡所得:
売却価格: 4,000万円
取得費: 2,650万円 + 150万円(取得費加算)= 2,800万円
譲渡費用: 150万円
譲渡所得: 4,000万円 - (2,800万円 + 150万円)= 1,050万円
特例を適用しない場合の譲渡所得1,200万円と比べて、150万円減少します。
4. 居住用財産の3000万円特別控除は使えるか
(1) 特別控除の要件
国税庁の「マイホームを売ったときの特例」によれば、自分が住んでいる居住用財産を売却した場合、譲渡所得から最高3,000万円を控除できます。
主な要件:
- 自分が住んでいる居住用財産であること
- 住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること
- 前年・前々年にこの特例を受けていないこと
(2) 相続後に居住した場合
相続したマンションに相続後に居住し、上記の要件を満たせば3000万円特別控除を適用できます。
適用例:
- 親からマンションを相続
- 相続後に自分が居住
- 居住期間を経て売却
- 3000万円特別控除を適用
重要な注意点: 相続税の取得費加算の特例と3000万円特別控除は併用できません。どちらか有利な方を選択する必要があります。
選択の目安:
- 譲渡所得が3,000万円以下: 3000万円特別控除の方が有利(税金がゼロになる)
- 譲渡所得が3,000万円超で相続税が高額: 個別に試算が必要
(3) 空き家特例との違い
相続した空き家を売却する場合、「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除」(空き家特例)が適用できる可能性があります。
空き家特例の要件:
- 被相続人が一人暮らしだったこと
- 昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること
- 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること
- 一定の耐震基準を満たすこと(または解体すること)
マンションの場合、区分所有建物は空き家特例の対象外となることが多いため、個別の状況を税理士に確認することをおすすめします。
5. 相続マンション売却で注意すべきリスクと期限
(1) 相続税申告期限(10ヶ月)
相続税の申告期限は、相続開始から10ヶ月以内です。
期限の計算例:
- 相続開始日: 2023年6月15日
- 相続税申告期限: 2024年4月15日
この期限までに相続税を申告・納付する必要があります。相続税の取得費加算の特例を使う場合、この申告が前提となります。
期限を過ぎた場合のリスク:
- 延滞税が課される
- 取得費加算の特例の適用開始日が遅れる
(2) 相続登記の必要性
相続したマンションを売却するには、相続登記(所有権移転登記)が完了している必要があります。
相続登記の義務化: 2024年4月1日から、相続登記が義務化されました。相続開始から3年以内に登記しない場合、過料(罰金)が課される可能性があります。
登記の流れ:
- 相続人の確定(戸籍謄本の取得)
- 遺産分割協議(共同相続の場合)
- 登記申請書類の作成
- 法務局への登記申請
登記手続きは司法書士に依頼することが一般的です。
(3) 共同相続人との協議
複数の相続人がいる場合、マンションの売却には全相続人の同意が必要です。
共同相続のケース:
- 相続人A(持分1/2)、相続人B(持分1/2)
- マンションを売却するには、A・B両方の同意が必要
- 売却益もA・Bの持分割合に応じて分配
- 譲渡所得税もA・Bそれぞれが確定申告
注意点:
- 相続人間で意見が対立すると売却が進まない
- 早めに協議して方針を決定することが重要
- 弁護士や税理士に相談して公平な分配を検討
6. 確定申告の手続きと必要書類
(1) 確定申告の期限と方法
相続したマンションを売却して譲渡所得が発生した場合、または特例を適用する場合は、売却した年の翌年2月16日〜3月15日に確定申告が必要です。
確定申告が必要なケース:
- 譲渡所得がある(売却益が出た)
- 相続税の取得費加算の特例を適用する
- 3000万円特別控除を適用する
(2) 必要書類一覧
確定申告時には、以下の書類が必要になります。
基本書類:
- 譲渡所得の内訳書
- 売買契約書の写し(被相続人の購入時・自分の売却時)
- 登記事項証明書
- 仲介手数料などの領収書
相続関係の書類:
- 相続税申告書の写し(取得費加算の特例を適用する場合)
- 遺産分割協議書の写し
- 戸籍謄本(相続人の確認)
特例適用時の追加書類:
- 取得費加算の特例: 相続税の計算明細書、相続財産の明細書
- 3000万円特別控除: 住民票の写し
(3) 税理士への相談が重要な理由
相続したマンションの売却は、税務処理が複雑になる傾向があります。以下のような場合は、税理士への相談をおすすめします。
税理士への相談が必要なケース:
- 相続税の取得費加算の特例を適用する場合
- 3000万円特別控除との選択判断が必要な場合
- 被相続人の取得費が不明で概算取得費を使う場合
- 共同相続で複数の相続人がいる場合
- 減価償却の計算が複雑な場合
相談のタイミング:
- 相続開始時: 相続税申告と譲渡所得税の全体計画
- 売却検討時: 特例の選択、売却時期の最適化
- 売却後: 確定申告の手続き
相続と売却が絡む場合、相続税と譲渡所得税の両方を考慮した総合的な判断が必要になるため、早めに税理士に相談することが重要です。
まとめ
相続したマンションを売却する際の譲渡所得税について解説しました。
重要なポイントは以下の通りです。
- 取得費は被相続人の取得費を引き継ぐ(相続時の評価額ではない)
- 所有期間も被相続人の取得日から計算する
- 相続税の取得費加算の特例で相続税の一部を取得費に加算できる
- 適用期限は相続開始から3年10ヶ月以内と厳格
- 相続後に居住すれば3000万円特別控除を適用できる可能性がある
- 取得費加算の特例と3000万円特別控除は併用不可
- 相続登記は売却の前提条件であり、3年以内に義務化
- 共同相続の場合は全相続人の同意が必要
相続したマンションの売却は、相続税と譲渡所得税の両方が関わる複雑な手続きです。特に、相続税の取得費加算の特例は期限が厳格なため、早めに税理士に相談することをおすすめします。適切な特例を選択し、期限内に手続きを進めることで、税負担を大きく軽減できる可能性があります。