相続不動産の譲渡所得税の基本
相続した中古戸建てを売却する場合も、通常の売却と同じく譲渡所得税が発生します。ただし相続に特有の税務ルールがあり、これを理解することで節税につながります。
この記事のポイント:
- 所有期間は被相続人の取得日から計算(相続日ではない)
- 相続税の取得費加算特例は3年10ヶ月以内の売却が条件
- 空き家特例は築年数・耐震基準の要件が厳格
- 取得費は被相続人の購入時情報を引き継ぐ
- 確定申告では相続登記完了後の書類が必要
(1) 譲渡所得の計算式
譲渡所得税の基本計算式は以下の通りです(国税庁: 譲渡所得の計算方法):
譲渡所得 = 収入金額 − 取得費 − 譲渡費用
- 収入金額: 売却価格
- 取得費: 購入代金 + 購入時諸費用(仲介手数料、登記費用など)
- 譲渡費用: 売却時の仲介手数料、測量費、解体費など
(2) 被相続人の取得費を引き継ぐルール
相続不動産の場合、取得費は被相続人が購入した金額を引き継ぎます。相続人が支払った相続税や相続登記費用は原則として取得費に含まれません。
このため、被相続人の購入時の売買契約書や領収書が重要になります。これらが見つからない場合、概算取得費(売却価格の5%)しか認められず、税負担が大きくなります。
相続不動産の保有期間判定
(1) 被相続人の取得時期を引き継ぐルール
譲渡所得税の税率は所有期間によって変わります(国税庁: 長期譲渡所得と短期譲渡所得):
所有期間 | 税率 | 判定基準 |
---|---|---|
5年以下(短期) | 39.63% | 譲渡年の1月1日時点 |
5年超(長期) | 20.315% | 譲渡年の1月1日時点 |
相続の場合、被相続人が取得した日から計算します。相続人が相続した日ではありません。
(2) 長期譲渡所得(税率20.315%)の適用
被相続人が数十年前に購入した戸建てを相続した場合、通常は長期譲渡所得(税率20.315%)が適用されます。短期譲渡所得(39.63%)に該当するケースは稀です。
ただし、被相続人が亡くなる直前に購入した不動産を相続した場合は、短期譲渡に該当する可能性があるため注意が必要です。
相続税の取得費加算特例
(1) 取得費加算の計算方法と適用期限
相続税を支払った場合、その一部を取得費に加算できる特例があります(国税庁: 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例)。
適用期限: 相続開始から3年10ヶ月以内
正確には「相続税の申告期限(相続開始の翌日から10ヶ月)の翌日から3年以内」です。この期限を過ぎると特例を使えません。
取得費加算額の計算式:
取得費加算額 = 相続税額 × (譲渡した財産の相続税評価額 / 相続財産総額)
(2) 3年10ヶ月以内売却のメリット
相続税を支払った場合、この特例を使うと大きな節税効果があります。
計算例:
- 相続税額: 500万円
- 相続財産総額(相続税評価額): 5,000万円
- 売却した戸建ての相続税評価額: 2,000万円
取得費加算額 = 500万円 × (2,000万円 / 5,000万円) = 200万円
この200万円を取得費に加算できるため、譲渡所得が減り、税負担が軽くなります。
相続空き家の3,000万円特別控除
(1) 空き家特例の適用要件
被相続人が住んでいた家を相続して売却する場合、条件を満たせば3,000万円の特別控除を受けられます(国税庁: 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例)。
主な要件:
- 建築時期: 昭和56年5月31日以前に建築
- 相続開始時期: 平成28年4月1日以降
- 売却価格: 1億円以下
- 居住状況: 相続開始直前まで被相続人が1人で居住
- 耐震基準: 売却時に耐震基準に適合、または更地で売却
- 売却期限: 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日まで
(2) 昭和56年5月31日以前建築と耐震基準適合
この特例の最大のハードルは築年数と耐震基準です。
昭和56年5月31日以前に建築された家は、旧耐震基準で建てられているため、売却前に以下のいずれかが必要です:
- 耐震基準適合証明書を取得(耐震改修工事を実施)
- 建物を解体して更地で売却
耐震改修工事には数百万円かかる場合があり、更地売却でも解体費用が必要です。特例適用の可否と費用対効果を事前に検討することが重要です。
相続不動産売却の確定申告方法
(1) 申告書の書き方と必要書類
相続不動産を売却した場合、翌年の確定申告(2月16日〜3月15日)が必要です(国税庁: 確定申告書の記載例)。
必要書類:
- 譲渡所得の内訳書(確定申告書第三表)
- 売買契約書のコピー(売却時・取得時の両方)
- 仲介手数料などの領収書
- 登記事項証明書
- 相続税の申告書のコピー(取得費加算特例を使う場合)
- 耐震基準適合証明書(空き家特例を使う場合)
(2) 相続登記完了後の手続き
相続不動産を売却するには、まず**相続登記(名義変更)**が必要です。相続登記が完了していないと売却できません。
相続登記には以下の書類が必要です:
- 被相続人の戸籍謄本(出生から死亡まで)
- 相続人全員の戸籍謄本
- 遺産分割協議書(複数相続人がいる場合)
- 印鑑証明書
相続登記完了後、売買契約を進め、売却翌年に確定申告を行います。
相続中古戸建て売却の注意点
(1) 取得費不明時の概算取得費(5%)
被相続人の購入時の売買契約書が見つからない場合、**概算取得費(売却価格の5%)**を使うことになります。
計算例:
- 売却価格: 3,000万円
- 概算取得費: 3,000万円 × 5% = 150万円
- 譲渡費用: 100万円
- 譲渡所得: 3,000万円 − 150万円 − 100万円 = 2,750万円
- 税額: 2,750万円 × 20.315% ≒ 559万円
もし実際の取得費が1,500万円だった場合:
- 譲渡所得: 3,000万円 − 1,500万円 − 100万円 = 1,400万円
- 税額: 1,400万円 × 20.315% ≒ 284万円
概算取得費を使うと275万円も税負担が増える計算になります。被相続人の購入時資料を探すことが重要です。
(2) 複数相続人がいる場合の持分按分
複数の相続人で不動産を共有している場合、売却時の税金も持分に応じて按分します。
例: 兄弟2人で1/2ずつ共有
- 売却価格: 3,000万円
- 譲渡所得: 1,400万円
- 各自の譲渡所得: 1,400万円 × 1/2 = 700万円
- 各自の税額: 700万円 × 20.315% ≒ 142万円
各相続人が個別に確定申告を行い、持分に応じた税金を支払います。
まとめ
相続した中古戸建てを売却する際の譲渡所得税は、被相続人の取得時期と取得費を引き継ぐため、通常の売却とは異なる計算が必要です。
相続税の取得費加算特例は3年10ヶ月以内の売却が条件で、大きな節税効果があります。空き家特例は3,000万円の控除が受けられますが、築年数・耐震基準の要件が厳格です。
取得費が不明な場合は概算取得費(5%)しか認められず税負担が増えるため、被相続人の購入時資料を探すことが重要です。相続不動産の売却は税務が複雑なため、税理士への相談をおすすめします。
よくある質問
Q1: 相続した中古戸建てを売却する場合、所有期間はどこから計算しますか?
A: 被相続人が取得した日から計算します。相続人が相続した日ではありません。通常は5年超の長期譲渡所得(税率20.315%)となります。譲渡年の1月1日時点で5年超かどうかを判定します。
Q2: 相続税の取得費加算特例はいつまでに売却すれば適用されますか?
A: 相続開始から約3年10ヶ月以内(正確には相続税の申告期限の翌日から3年以内)に売却する必要があります。この期限を過ぎると特例を使えないため、売却時期の判断は重要です。
Q3: 空き家の3,000万円特別控除の適用条件は何ですか?
A: 昭和56年5月31日以前建築で耐震基準適合、相続開始直前まで被相続人が1人で居住、売却価格1億円以下等の厳しい要件があります。耐震基準に適合させるか、建物を解体して更地で売却する必要があります。
Q4: 被相続人の取得費が分からない場合はどうすればいいですか?
A: 売却価格の5%を概算取得費として計算できます。ただし実際の取得費より不利になる可能性が高いです。被相続人の購入時の売買契約書や領収書を探すことを強く推奨します。親族や不動産会社に問い合わせるのも有効です。
Q5: 複数の相続人がいる場合の税金はどうなりますか?
A: 譲渡所得を持分に応じて按分し、各相続人が個別に確定申告を行います。例えば兄弟2人で1/2ずつ共有している場合、譲渡所得も税額も1/2ずつになります。各自が自分の持分について申告・納税します。